転生夫婦譚 第1話 1992~3年

1992年。
西日本のとある地方都市のお話。

□■□

僕は時任光哉。
5歳。

僕は生まれる前のことを思い出した。
結婚して、子供が3人いた。

それを思い出した日に、
「ぼくのおよめさんはどこにいったの」
とお母さんに訊いたら、
「幼稚園でおままごとしたの?」
と返された。

子供は結婚できないってことは僕も知ってる。
大人だったんだよ。お嫁さんと子供がいたとき。
でも今は僕が子供だ。
あれはきっと、生まれる前のこと。

「ようちえんにはいないよ」
「あら…そう?おままごとが楽しくなかったかしら?」

お母さんは僕のお嫁さんのことを、おままごとの話だと思ってる。
なんとなくだけど、話しちゃいけないんだな、と思った。
だって生まれる前の僕、今のお母さんよりもっとおじさんだったもん。おかしいよね。

□■□

6歳になった。お父さんとお母さんがプレゼントに植物図鑑と動物図鑑を買ってくれた。
クリスマスは魚の図鑑と車の図鑑が欲しいな。

空き地だったはす向かいに新しいお家が作られてる。3月になったら引っ越してくるんだってお父さんが言ってた。
僕の家は外から見ると綺麗だけど、中身は結構古い。
古くて広いから、友達の俊和と幸政が探検に来る。

「なんでうちはふるいの?」
「おじいちゃんが若いころに建てた家だからね」
「じゃあ、どうしてひろいの?」
「うーん、昔から住んでいるから大きな家が建てられたって言えばいいかな……ひいおじいちゃんの頃までこの辺は田んぼと荒地ばっかりだったけど、駅ができて人が増えてきたんだ」
「そっか」

俊和や幸政と遊ぶのは楽しいけど、広いお家にお父さんとお母さんと僕しか住んでいないから、使ってないお部屋がいくつかある。ちょっと寂しい。
おじいちゃんとおばあちゃんが生きていたらよかったのに。どうして早く死んじゃったんだろう。

そう思ったとき、僕に生まれる前の記憶が押し寄せてきた。

『逝かないでくれ…!奪わないでくれ、私のーーーー』

そうか。生まれる前の僕のお嫁さんも、早く死んじゃったんだ。
それを思い出すととっても悲しくなって、泣いちゃった。

お父さんとお母さんが心配してくれた。

□■□

もうすぐ1年生になる。
俊和と幸政も一緒だし、勉強も好きだから楽しみだ。

同じ小学校には、隣の幼稚園の子、保育園の子、それから転校してくる子がいる。
今までの幼稚園より人がいっぱいいるんだろうな。

「新しいお友達ができるといいわね」
と、お母さんが言う。

すると、玄関のチャイムが鳴った。

「この度引っ越してきました雨原と申します」
玄関から声がした。はす向かいの角の、あの新しい家。引っ越してきたんだ。
「わからないことがあったら何でも訊いてくださいね」
お母さんが言う。
「古株なだけが取柄なので」
うちのお父さんは生まれた時からこの辺に住んでて一番詳しいから、なんか童話とかに出てくる『長老』みたいな感じになっている気がする。
廊下の奥から様子を伺っていると、向こうは4人家族みたいだった。僕と同じくらいの子供が2人いる。
「あら、可愛らしい娘さんたち」
「上が今度小学校に上がる『皐月』で、下が幼稚園年長になる『星香』です」
「じゃあ皐月ちゃんはうちの息子と同い年ね!光哉ー、挨拶しにいらっしゃいー!」
お母さんが呼んだので、僕は言う通りにすることにした。

そして、衝撃を受けた。

お嫁さんだ。
死んでしまったはずの、僕のお嫁さんが、そこにいた。

「あめはらさつきです」
可愛い声で、名前を言った。
僕のお嫁さん。雨原皐月ちゃん。可愛い名前。
「……」
「どうしたの光哉、恥ずかしがってないで挨拶しなさい」
固まっていたから、お母さんが僕をつついてくる。

「ぼ、ぼく、ときとうみつやです」

「みつやくん?」
皐月ちゃんがそう言って首を傾げた。

「あ、あの、さつきちゃん」
「?」
「……ぼくとけっこんしてください!!」

思わず出たその言葉に、周りの大人はひっくり返るくらいびっくりしてた。

「こ、こら!いきなりなんてことを言うんだ!」
「そ、そうよ!いくら皐月ちゃんが可愛いからって!」
「ご、ごめんなさい…」
お父さんとお母さんに叱られて、僕は慌てて後ろに引っこんだ。
そうだ。いきなり結婚してくださいなんて、言っちゃダメなんだ。

「うわ…初恋が芽生える瞬間を見てしまった」
「初めて会った男の子を虜に…うちの子もしかしてすごい…?」
皐月ちゃんのお父さんとお母さんには怒られなかった。よかった。
「あめはらせいかですっ!5さいです!」
皐月ちゃんの妹、星香ちゃんが挨拶をして、それから色々と大人たちは話をする。

「町内会長さんは今年は線路渡ってすぐ見える大きなお屋敷の大旦那さんですね、元警察の方なんで頼りになりますよ!うちも去年会長をやってたんでわかることがあったら教えますね」
「助かります」
「4月から1年生に上がるのなら、駅前の酒屋さんの娘さんが同じ歳だからきっと仲良くなれますよ」
「まあ、そうなんですか?ありがとうございます」

あー、酒屋さん家のツネちゃん。仲は悪くはないけど、一緒に遊ぶってほどでもないな。でも皐月ちゃんの友達になるなら、仲良くしておいた方がいいかなあ。

「おねえちゃん、おともだちだって」
「うん、たのしみだね」
皐月ちゃんは星香ちゃんとひそひそ話している。
あ、こっちを見た。
やっぱり可愛い。

どうやったら皐月ちゃんと結婚できるんだろう、と考えていたら、挨拶が終わったみたいで、皐月ちゃんはお父さんたちと一緒に帰って行ってしまった。
その後、おやつの時間にお説教された。

「今日初めて出会った女の子にいきなり結婚を申し込んじゃだめよ」
「真っ赤になって固まってるからどうなるかなと思えば…」
「ごめんなさい…」
どうすればよかったんだろう。生まれる前に僕のお嫁さんだったんだなんて言っても、誰もわかってくれないだろうから。
それに、たぶん皐月ちゃんもわかってくれない。もし僕のことを覚えていたなら、僕を見つけたときに驚くだろうから。
皐月ちゃんは覚えてないんだ…。

「ま、まあ、そんなに落ち込むな、これから仲良くなればいいんだ」
お父さんがそう言って慰めてくれる。
「そうは言っても、光哉あなた結婚が何かわかってる?」
お母さんに言われて、僕は答えた。
「おなじうちにすむんだよ」
生まれる前にお嫁さんと何をしてたか思い出そうとしたんだけど、思い出せなかった。僕と皐月ちゃんの生まれる前の名前も覚えていない。けど、とっても幸せだったことは覚えてるんだ。……だからお嫁さんが死んじゃったときにとても悲しくて、大人の男の人なのにいっぱい泣いたことも覚えてるんだ。

すると、お父さんとお母さんは顔を見合わせて、
「そうだなあ、確かに結婚するとそうなるなあ」
「皐月ちゃんと結婚したいなら、皐月ちゃんに好きになってもらえるように頑張らないとね」
と笑った。

皐月ちゃんが僕のことを好きになってくれれば、皐月ちゃんと結婚できる。

…うん、頑張ろう。

□■□

皐月ちゃんは酒屋のツネちゃんと仲良くなったみたいで、公園で一緒に遊んでいる。

それを遠くから見ている僕。

「はあ…」
「ほんとうにすきなんだ?」
「そのことでさつきちゃんをからかったりしたら、ぶつからな!」
「おこるなよ~」

皐月ちゃんをお嫁さんにしたいと言ったら、俊和と幸政もびっくりしていた。
「ぼくはけっこんするなら、るるおねえさんがいいなあ」
と幸政が言う。
「おれも」
と俊和も言った。
瑠々お姉さんというのは、町内会長さんの孫娘で、僕らより2つ年上だ。すっごく優しいお姉さんだから、俊和も幸政も瑠々お姉さんのことが大好きだ。確かにあんなお姉さんがいたら嬉しいと思う。僕、一人っ子だし。お父さんも一人っ子だから従姉妹とかいないし。再従姉妹はいるって聞いたけど。会ったことない。
でも結婚するのは皐月ちゃんじゃないとダメだ。お姉さんとお嫁さんは全然違う。

そうしていると、突然後ろから誰かがぶつかってきた。
「みつやおにいちゃん!ボールなげしよ!」
星香ちゃんだった。
「え…さつきちゃんは?」
「おねえちゃんはツネちゃんとおえかきしてあそぶって!ボールなげはしないって!」
そう言ってむくれる星香ちゃん。
「どうする?」
「あそんでやるか」
幸政と俊和が言う。
「わーい!!」
星香ちゃんは喜んで、ぐるぐると走り回り始めた。結構足が速い。

すると、向こうから皐月ちゃんがやってきた。
「みつやくん!せいかはおてんばなの、きをつけてね」
「え、え、あ」
僕が固まっていると、幸政がかわりに
「なににきをつけるの?」
と尋ねた。
「せいかはちからがつよいから、ボールぶつけられると、いたいよ~」
と皐月ちゃんが答える。
「だいじょうぶだ!おれもつよいから!にいちゃんにきたえられてるから!」
俊和が得意げに言う。
俊和には3つ上のお兄さんがいるのだ。秋に生まれたばかりの妹ちゃんもいる。幸政には幼稚園の年少に弟と妹の双子ちゃんがいる。僕だけ一人っ子だ。

…というか、僕、皐月ちゃんと話ができてない!!

「じゃあ、おにいちゃんたちとボールなげしようか」
「うん!」
僕が言うとすぐに、星香ちゃんが持ってきたゴムボールを投げてきた。
両手で投げたとはいえ、結構なスピードで飛んできた。
「ほんとだ、つよい」
「5さいなのにすごい」
「ふふん!」
褒められて嬉しくなったらしい星香ちゃんは、自慢そうに笑った。

それからしばらくボール投げをした後、星香ちゃんが自分の家に僕らを連れて行ってくれた。
「おにいちゃんたちにあそんでもらったの!」
「あら、ありがとう!」
「ママ、おやつちょうだい」
「はいはい、せっかくだから皆さんもおやつをどうぞ」
そう言って皐月ちゃんのママが牛乳とビスケットを出してくれた。

すると、皐月ちゃんがツネちゃんと一緒に帰ってきた。
「あ、みつやくんだ」
皐月ちゃんが声をかけてくれる。急に恥ずかしくなったけど、今度はちゃんと答える。
「おじゃましてます」

それからみんなでおやつを食べて、なんだかんだで6人で遊ぶことになった。
一番広い僕のうちに移動して、学校ごっこをするんだって。うちには本がいっぱいあるから。

それから、たまに皐月ちゃんが(ツネちゃんや星香ちゃんと一緒にだけど)うちに遊びに来てくれるようになった。

本をいっぱい買ってもらっていてよかった!!!

□■□

1年生になった。
僕は4組で、皐月ちゃんは2組だった。
幸政と同じ組なのはよかったけど、皐月ちゃんと一緒の組だとすごく嬉しかったのに。

でも僕には『登校班』っていうのがあるから、皐月ちゃんと一緒に学校に行ける。はす向かいだから同じ班なんだ。僕の学校は男の子も女の子も一緒の班だけど、別々の学校もあるってお母さんが言ってた。うちの班は1年生は僕と皐月ちゃんだけ。俊和と幸政は隣の班だし、酒屋のツネちゃんは駅前商店街の班だから。
6年も一緒に学校に行けるなんて最高だ!

「きのうテレビにへんなひとたちがでてたの」
「へ~」
「まねしちゃいけませんっていわれたけど、ぜったいやりたくない」
「どんなの?」
「あついおふろにはいるやつ」
「あ、うちのおかあさんもまねしちゃいけないっていってた」

そんな風にテレビの話をしてたら、班長の5年生のお兄さんが
「おしゃべりもいいけど、車に気をつけてね~」
と声をかけてきた。
そうか、道には危険がいっぱいなんだ。
「ぼくがさつきちゃんをまもるよ」
「???うん」
一生懸命告白したのに、皐月ちゃんは首を傾げるだけだった。

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僕、皐月ちゃん、俊和、幸政、ツネちゃん。
最近はこの5人でよくうちに集まって遊んでいる。

あ、ツネちゃんっていうのは苗字が常川さんっていうからで、名前は桃子ちゃんっていうらしいよ。知らなかったってお母さんに言ったら、皐月ちゃん以外に興味がないのかって言われちゃった。知らないよ。だって僕は幼稚園でツネちゃんは保育園だし。

今日は星香ちゃんの希望でおままごとをすることになった。
星香ちゃんがお母さん役。
お父さん役が幸政で、ツネちゃんと俊和が子供。
で、僕と皐月ちゃんは…おじいちゃんとおばあちゃんだってさ。

「おじいちゃんとおばあちゃんってなにすればいいんだろう…」
僕はおじいちゃんとおばあちゃんのことを覚えていない。赤ちゃんの時に死んじゃったから。
すると皐月ちゃんが、
「ひっこしてくるまでいっしょにすんでたよ?うちのおじいちゃんとおばあちゃんは、ふたりでずっとゲームしてた!」
と言った。
「ゲーム?」
「トランプとか、しょーぎとか、はなふだ?」
へー、それがおじいちゃんとおばあちゃんかー。なんか楽しそうだなあ。
「トランプならあるけど」
「じゃあやろっか」

二人でずっとババ抜きしてたら一日が終わってた。いっぱい負けた。

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うちのお父さんは時代劇が好きだ。

悪いお殿様が出てくると、ものすごく嫌な気持ちになっていたんだけど、この前どうしてなのかわかった。
僕は生まれる前に、悪い王様にいじめられていたんだ。
僕だけじゃなくてお嫁さんも、近くに住んでいる人たちも、みんないじめられていた。我儘に振り回されて、沢山の人が死んだ。
…水戸黄門みたいな人、いたらよかったのになあ。

□■□

皐月ちゃんのお誕生日会に呼ばれた。
5月生まれだから皐月ちゃんっていうんだって。
僕はお手伝いをして、代わりに可愛い果物の形をした消しゴムを買ってもらって、それを皐月ちゃんにプレゼントした。

本当は皐月ちゃんの黒い髪に似合う髪飾りとか、綺麗な石のペンダントとか贈りたかったんだよ。
でもお金ないし、
「まだそういうのには早い!」
って何故かお母さんに叱られた。

よくわからないけど、皐月ちゃんはプレゼントを喜んでくれたから、いっか。

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幸政の妹の由衣ちゃんがセーラームーンごっこをするからって女の子を集めて、皐月ちゃんとツネちゃんも巻き込まれていた。由衣ちゃん、皐月ちゃん、ツネちゃん、星香ちゃん、由衣ちゃんの幼稚園の友達(名前知らない)。皐月ちゃんはジュピターっていう緑の子をやったら?ってツネちゃんに言われてた。料理ができるからだって。え、そうなの!?僕知らなかったんだけど。
話を聞いてみたら、皐月ちゃんのお母さんはおこづかいのことにきっちりしていて、お手伝いを沢山したらおこづかいを「お給料」として払ってくれるんだって。だから皐月ちゃんはお料理のお手伝いをしているんだって。えらいなあ。
俊和の妹の菜々ちゃん、まだ赤ちゃんなのに参加させられていた。小さい女の子も出てくるんだって。

男の子はそんなに沢山いらないって言われて、僕は猫の役にされた。
「ねこ…?しゃべるの?ねこなのに?」
「みてみるとわかるよ」
「オレもななとみてるよ」
「ぼくもゆいがみてるからわかる」
俊和も幸政も妹がいるから知ってるのか!僕だけ知らないの何か悔しいから、今度星香ちゃんから絵本を借りてみようと思う。

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僕がやった猫はどれ?と尋ねたら、セーラームーンのアニメが漫画みたいになっている本を星香ちゃんが貸してくれた。けっこうたくさんあった。去年1年間やってたやつなんだって。読むの大変だ…。
読んでみたら、セーラームーンと恋人のタキシード仮面は生まれる前にも恋人同士で、悪い奴に殺されて、生まれ変わってまた出会ったんだっていうことがわかった。
すごい!僕と皐月ちゃんと同じだ!!

あと生まれる前は「前世」って言うらしい。これはいいことを知ったぞ。

セーラームーンは恋人とラブラブで、とても羨ましい。中学生って大人だもんね。
僕も皐月ちゃんとデートしたいけど、子供だけでボートに乗っちゃだめだよね。

猫が何なのかは無事わかった。

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前世という言葉を知ったせいなのか、いくつか思い出したことがある。
僕は前世結構強かった。
というか、戦争のある国だったから、男の人はみんな身体を鍛えていたけど。
僕はお嫁さんと子供たちを守るために強くなりたくて、頑張って鍛えてた。

喧嘩をしたいわけじゃないけど、強くなりたい。
お父さんに相談したら、武術を習ってみたらどうだろう、と言われた。お母さんは昔合気道をやっていたんだって。知らなかった。
登校班の班長のお兄さんは剣道を習ってるって言ってたから、僕もやってみようかなって言ったら、お父さんが喜んでた。時代劇好きだもんね、お父さん。

僕が習い事を始めるって言ったら、みんなもやりたいって言ってた。
幸政は野球、俊和は水泳がいいって。皐月ちゃんはツネちゃんと一緒にエレクトーンに行きたいって言ってた。

でもみんなで遊ぶ時間が減るのは嫌だから、同じ曜日に行けばいいんじゃないかなって話をした。

□■□

学校でプールが始まった。
皐月ちゃんの着替えが見られていないか心配でならない。

僕はツネちゃんにこっそりと、
「さつきちゃんのきがえをのぞくわるいやつがいたら、あとでボコボコにするから、おしえてほしい」
と頼んだ。
ツネちゃんは、
「みつやくんって、さつきちゃんのことになるとこわいよね」
と言った。

あ、僕は覗かないよ。皐月ちゃんに嫌われたら意味がないから。
ドラえもんでよくのび太くんがやらかして怒られてるよね。

でも、僕がちっちゃい時は、お父さんとお母さんと3人でよくお風呂に入ってたから、たぶん結婚したらお風呂に一緒に入っても大丈夫なんだね。

□■□

夏休みになった。

いつもの5人で、うちに集まって宿題をする。
「うちだとせいかがじゃましてくるから」
と、皐月ちゃんが一番うちに来ることに乗り気だ。嬉しい。

皐月ちゃんはとっても手先が器用なんだ。図工の宿題で紙粘土で工作をしたときに、とても綺麗な蝶々のブローチを作ったんだよ。大きくなったら公民館の手芸講座に行ってみたら、ってお母さんが言ってた。中学生以上でないと参加できないんだって。
僕は工作はちょっと苦手。うさぎっぽい何かを作った。

□■□

皐月ちゃんのお父さんが、黒い服を着て慌てて出ていくのを見た。
「かいしゃのしゃちょうさんがしんじゃったんだって」
と、皐月ちゃんが不安そうな顔をする。
「突然のことで、どうすればいいのか…」
と、皐月ちゃんのお母さんも困り顔だ。

暑い中でゴルフをしていて倒れたんだって。
光哉は絶対に帽子をかぶって日陰で遊ぶように、って言われた。

クーラーのきいた部屋でみんなで遊ぶ方が楽しいのになあ。
大人ってわからないよ。

□■□

ツネちゃんはおじいちゃんおばあちゃん(お母さんのお父さんとお父さんだね)のところに長く泊まりに行って、皐月ちゃんは寂しそうだ。ツネちゃんのお父さんとお母さんはお店が忙しいから仕方ないんだけど。

それに加えて、皐月ちゃんのお父さんの会社の問題。大パニックになっちゃったみたいで、おじさんは休みをとれないみたい。

うちのお父さんの提案で、皐月ちゃんと星香ちゃんと一緒にプラネタリウムに行くことになった。

暗い中で、皐月ちゃんの隣に座って星を見上げる。
…なんだか、前世でもこんなことがあった気がする。あの時は本物の星空だったんだろうけど。

デートに来ているカップルがいる。手を繋いでる。いいなあ。

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お父さんの従兄弟の雅道おじさんって人が遊びにきた。おじいちゃんの妹の子供なんだって。僕が赤ちゃんの時にも来たらしいけど覚えていない。
アリトー食品っていう大きな会社、サラダ油とか作ってる会社の次期社長だって言われているらしいよ。すごいね。
でも見た目はちょっと怖い。色黒で髪の毛がなくて(スキンヘッドって言うんだって)ヤクザみたいな感じ。

僕が怖がってると、おじさんは豪快に笑って、
「娘の友達にも絶対に泣かれるから慣れてるぞ」
って言ってた。
僕の1つ下の娘、春奈ちゃんって子がいるんだって。1つ下なら星香ちゃんと同じ歳だね。会ったことのない又従妹より、星香ちゃんの方が妹みたいに思えるんだけど、皐月ちゃんの妹だから妹でいいよね。うん。
「雅は顔に似合わず娘バカだから、泣かれるのはつらいだろ」
ってお父さんは笑った。

おじさんが僕にものすごいたくさんのおこづかいをくれた。怖くなってお父さんに見せに行った。
「ゲームソフトでも買うといい」
って言われたけど、僕スーファミ持ってない。

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夏休みが終わった。
運動会の練習が始まる。1年生は玉入れと徒競走をするんだって。6年生のお兄さんお姉さんが応援のやり方を教えに来てくれた。

奇数のクラスが赤組、偶数のクラスが白組。1・3組が赤、2・4組が白ってことだね。皐月ちゃんと同じなのは嬉しいな。

「うんどうかいがんばったら、11月のたんじょう日にスーパーファミコンをかって」
と僕が頼むと、お父さんとお母さんは意外そうな顔をした。
「光哉はあまり興味がないのかと思ってた」
「そんなことないよ、としかずのいえであそんだときおもしろかったし、さつきちゃんもやってみたいっていってた」
「…まあ、今の小学生にとっての『茶の湯』だからな」
お父さんが呟くと、
「またすぐ時代劇に喩えて」
とお母さんが言った。

ちゃのゆ、って何だろう。

…興味があるのはゲームそのものというよりも、ゲームの中の世界。
皐月ちゃんにも家族にも言えないけど、僕が前世生きていた世界は、ゲームの中の世界に似てるんだよね。王様がいて、貴族がいて、魔法…はなかったけど、便利なアイテムを持っている人がいた。俊和のお兄さんがやっていたゲームとかそんな感じで、僕はゲームの中から来たのかななんて思ったりもするんだ…うん、そんなこと絶対に言えないよね。

□■□

運動会は徒競走で1等をとった。4人で走って、1位。
月2回だけど剣道にも通って雑巾がけをしてるし、結構体育は得意なんだ。
まあ、俊和と幸政の方がもっと得意だから、3人でいるとどうしてもガリ勉っぽく見えちゃうんだけどね。俊和は学年で一番足が速いし、幸政はボールを一番遠くまで投げられる。僕は普通にできるってだけ。
だから、クラスの子たちから、
「ときとうくんって足はやかったんだね!」
って驚かれてしまった。

皐月ちゃんは体育は苦手みたいで、ギリギリ勝てなくて4位になって悔しがってた。
うーん、あまり体力がないのかな。これは本当に強くなって守ってあげなければ!

その後帰り道で、
「足がはやいってわかったら、女の子からモテるよ」
と皐月ちゃんに言われた。
「さつきちゃんいがいにモテても、うれしくないよ」
と答えたら、皐月ちゃんは俯いた。何かいけないことを言ったかな。

□■□

運動会が終わったら、今度は学習発表会の練習が始まった。

劇と歌。
劇は「おむすびころりん」だ。
僕はねずみのリーダー。皐月ちゃんはナレーター。クラスが違うから一緒の劇じゃないけどね。

今だとこんなほのぼのとした日本昔話をやってるけど、大きくなったらシンデレラとか白雪姫とかやるようになるのかなあ。3年生は男の子と女の子のペアが宝物を探しに行く話をやるって瑠々お姉さんが言ってたもんなあ。皐月ちゃんがお姫様で、他の王子様がいたら……う、考えるだけで嫌な気持ちになってきた。

□■□

7歳になった。
お父さんが約束通りスーパーファミコンを買ってくれた。
ソフトの方は僕がお小遣いでマリオを買った。俊和の家でやったことがあるからだいたいわかる。

皐月ちゃんを呼んだら嬉しそうに遊びに来てくれた。
でも、
「せいかには気をつけて!すぐこわすから!」
と注意を受けてしまった。
なんか…今まで色々と壊されちゃったんだろうな。

スーファミを買ってから、皐月ちゃん一人で僕の家に来てくれることが増えた。
『ちゃのゆ』が何だかはよくわからないけど、とても感謝している。

□■□

2学期が終わった。町はすっかりクリスマスだ。
僕はサンタを信じていないけど、星香ちゃんはまだサンタを信じているから、ばらさないようにって言われた。

前世にもクリスマスはあった気がする。前世の皐月ちゃんと、子供たちと、ごちそうを食べてゆっくり過ごした。

お正月に皐月ちゃんはおじいちゃんおばあちゃんの家(引っ越してくる前に住んでいた家)に行くはずだったんだけど、おじさんが忙しくて帰れなかったみたい。おじさん夏からずっと忙しいのか…大丈夫かな?