転生夫婦譚 SS-2

お題.com 「風景」にまつわるワード より


“シーツの乱れ”  20歳、2006年頃

目を覚ますと隣に彼がいる。
斜向かいのお家の、彼の部屋だ。
そうだ、昨日はみーくんのところに泊まったんだった…恥ずかしくなった私は、慌てて身に着けるものを探す。

「皐月」
目を覚ました彼が私に手を伸ばしてくる。
「あ、おはよう、みーくん」
「そんなに慌てて着なくてもいいのに」
「恥ずかしいでしょ」
服をきちんと着ても、隠しきれないシーツの乱れは前夜の行為を思い出すには十分すぎた。汗で汚すのが忍びなくて下にタオルを敷いてはいたものの、私が掴んだり引っ張ったりしたものだから…。彼の家族が同じ家にいるのにこれは恥ずかしい。ご両親と同居の夫婦は一体どうしてるんだろう…孫の顔を見るためと割り切ってるとか??

「皐月、もうちょっと一緒に」
「ダメ、シーツ直さないと」
「…」
「そんな顔したってダメだから、ほら、服を着て」
「たまには二人でどこか泊まりに行こうか、それなら服着てなくても寝坊しても気にしなくていいだろう?」
「……それなら、いいけど…」

そう返すと彼は小さく「よし」と呟いて、服をさっさと着てシーツを直すと、パソコンで旅行先を検索し始めた。
軽はずみな約束しちゃったかな…。でも、普段から勉強頑張ってるのを知っているから、私といる時くらいはって、つい甘やかしたくなっちゃうのよね。ダメダメ、流されすぎないようにしないと。

(甘やかす癖は結婚しても治りませんでした。)


“四葉のクローバー”  2024年頃

レシピ本に挟まれた、四葉のクローバーを押し花にした栞。
それを大切に使う母の様子を見て…長女の鈴は、色々と背景を推察する。
「それ、お父さんがくれたの?」
「え、これ?ううん、お母さんが自分で見つけたの」
「そっか」
非常に仲が良い両親が当たり前という状態で育った鈴だが、小6にもなればさすがに事態を客観視できるようになる。最近は、うちは少し変わっている…と思うようになったのだった。
「何でそう思ったの?」
「だってお母さんが大切にしてる古い物って、だいたいそうでしょ…」
それは、ピアノの上に置かれているうさぎのぬいぐるみだったり。観光地のお土産コーナーに置かれているような安物のガラスの指輪だったり。二人が子供の頃から積み重ねてきた思い出が、この家にはそのまま残っているのだ。
鈴が笑うと、皐月は恥ずかしそうに笑い返す。
「それは間違ってはいないのよ」
「え?」
「これは高校生の時、お花見をしていたら見つけたんだけど…場所取りをしてくれたのはお父さんだから、お父さんが見つけたようなもので…」
「ほら、やっぱり惚気話だった」
こっちもわかってて尋ねていますよ、と言わんばかりの顔をする鈴。
「親を冷やかすんじゃないの…」
皐月は頬を赤らめると、ページの間に栞を挟み込んだ。


“放課後の教室” 皐月中1

放課後、女子たちが教室に残って恋の話をするのはどこの学校でもあることだろう。ただ、まだ中学1年生になったばかりの彼女たちに「恋人持ち」は少なくて、皐月は所謂「少数派」なのだった。

「雨原さんって彼といつから付き合ってるの?」
「引っ越してきたばかりの時からずっと好きだって言ってくれてるけど、付き合ったのは小学校4年生からだよ」
「そんな昔からなの?すごい!」
皐月を質問攻めにしているのは、他の小学校から進学してきたクラスメートたちである。当然ながら光哉と皐月のことを知らないのだ。
「大人に怒られないの?」
「そりゃうちはただの普通の公立中学だから、不純異性交遊禁止!みたいな校則はないけど」
首を傾げるクラスメートたちに、皐月は返す。
「手をつなぐくらいだから幼稚園児と同じよ、それで怒ってたらさすがに先生の心が狭すぎるでしょ」
その答えを聞くやいなや、
「ええっ!?手をつないでるだけ!?」
「2年以上付き合ってキスもまだ!?」
「どれだけ真面目なの!」
と、ませた少女たちは驚いて騒ぎ立てる。
「…真面目なの」
皐月は頬を赤らめて、そう返すのだった。
「ああ、見るからに優等生~って感じだよね、雨原さんの彼氏」
「彼氏としてはつまらないかもしれないけど、結婚したら安定した暮らしができそうな、ね」
「結婚と言えばさ、英語の先生と社会の先生が付き合ってるって話ほんとかな?」
「そうそう!なんか家具屋さんで二人を見かけたとかで、結婚間近だってー」
彼女たちはませているので、もっと刺激的な話を求めて話題が移り変わってゆく。

「…つまらなくないもん…私、ドキドキしてばかりなのに…」
誰にも聞こえない声で、皐月は呟いた。


“雨の静けさ”  皐月19歳、2005年頃

静かに雨の降り続く梅雨の日、お弁当屋でのアルバイトを終えて家に戻った皐月。
「ただいまー……あ、今日誰もいないんだった」
と、思わず独り言を呟いた。

両親は1泊2日の温泉旅行に出かけている。この時期は比較的仕事が少なく、旅館もすいているからだ。
受験生の妹・星香は、これ幸いと同級生の家に息抜きに行ってしまった。

(星香のやつ、自分の立場わかってるのかしら?まったく……ちょっと早いけど夕飯にしちゃおうっと)
皐月は冷凍されていたご飯を温め、バイト先が持たせてくれた魚のフライに冷蔵庫のトマトを添える。おぼろ昆布にお湯を注いで即席のお吸い物を作って、あっという間に一人の夕食が完成した。
黙々と食事を口に運ぶ中、雨の音だけが微かに聞こえてくる。
(う~ん…静かすぎる)
皐月はテレビを点けてみたが、内容はちっとも頭に入ってこない。

食事を終えて片付けを済ませると、皐月は携帯電話を開く。
そして恋人にメールを打った。
『なんだかすごく暇なんだけど、うちに来られる?都合のいい男扱いしてごめんね』
すると、すぐに返事が返ってきた。
『今大学からの帰り、頼ってもらえるの嬉しいからいくらでも都合のいい男扱いしてくれ』
何とも光哉らしいメールである。
皐月はそれを見て、
『じゃあまたあとで』
とメールを打つ。
光哉からは、
『何か買っていくものあるか?』
と返ってきた。
「新婚夫婦じゃないんだから」
皐月は思わずクスクスと笑う。自分は大層甘やかされているなと皐月は実感した。

再び家は静かになり、雨の音だけが響いている。
(みーくん、きっと駅から走ってくるだろうな)
そうして皐月は、タオルを用意するために立ち上がるのだった。


“夜空” 20歳、2006年頃

大学生になり二人で旅行することが許されて2年目。夏の旅行先に、皐月は東京を希望した。光哉は高校の修学旅行で東京を訪れたことがあったが、皐月は違う高校だったので初めての東京である。
東京タワーやお台場など地方育ちの光哉でも知っているようなベタなデートスポットを一通り回り、夕食を終えて、宿への道を歩きながら皐月が呟いた。
「東京って本当に空が明るいのね」
眠らない街というのは本当だと、皐月は感心したように呟く。
「いかにも大都会って感じだよな」
光哉は星のない夜空を見上げ、少し寂しげに返した。

光哉は高校の修学旅行のことを思い出す。あの時は、進学校特有のお堅い真面目な観光ルートだったということを差し引いても退屈な旅で、早く帰りたいとばかり考えていた。
あの頃は皐月と離れているからそんなことばかり考えるのだと、そう思っていた。だが、それは半分正解で、半分不正解だったようだ。こうして皐月が隣にいてくれても、東京の夜空は窮屈で落ち着かない。皐月との二人旅なんて文句のつけようがない楽しいイベントのはずなのに、家に帰りたいのだ。
(きっと『都会』がトラウマなんだな、俺は…)
光哉はそう自分を分析した。

前世の自分にとって『都会』は王様の住む都で…あの暴君や他の貴族たちの剥き出しの悪意に触れて神経を磨り減らす場所であった。
もちろん、前世の『都会』はファンタジー小説の中の『都会』だから、現代の東京とは規模も人の数も大違いだ。でも、人が多ければ多いほどぶつかることが増えるのは、どちらも同じだ。

それでも、
「誰かが言ってたよね、旅の良いところは我が家の素晴らしさを実感できるところだって」
「そうか?」
「だからいい経験だよね、こういうのも」
皐月の言葉はいつも前向きで、すぐに光哉のトラウマを癒してくれる。

(半分不正解で半分正解、じゃなくて…一割不正解で九割は正解、だな)

きっと皐月が隣にいれば、この星のない騒がしい夜空の下でも頑張れるのだろう、自分は。
なんて単純なのだと自嘲しながらも、光哉は隣を歩く皐月の手を強く握るのだった。