光哉と皐月が小学校を卒業する頃のお話。
光哉は皐月が大好きで、いつも「将来結婚してほしい」と思っている……というのは周知の事実だ。
結婚してほしいがために、相応しい男になる努力を続け、何か失敗したらひどく落ち込むのも日常茶飯事だ。
しかし、周囲からすれば光哉が何を不安がっているのかわからない。
どう考えても皐月の方も「結婚に乗り気である」としか見えないからだ。
ある日のこと。
光哉が辛い物が苦手であるという話になった。
「麻婆豆腐は中辛でもいいんだけど、カレールウはメーカーによっては中辛でもきついことがあるよ」
「種類によって辛さ違うもんね」
「お寿司のワサビもあんまり沢山入っていると少し困る」
「魚の味を邪魔しちゃうくらいワサビが入ってたらそれは魚が美味しくないのを誤魔化しているお店のお寿司だと思うけど」
「うん…そうかな」
皐月はいつも光哉が自虐すると、こうしてさりげなくフォローをしている。
(出た!皐月ちゃんの甘やかし!)
(さすが甘い!甘いよ皐月ちゃん!)
(光哉が辛さを克服することは一生ないんだろうなあ、皐月ちゃんが光哉に合わせて甘口の料理を作っちゃうだろうから)
俊和もツネちゃんも幸政も、呆れ半分の状態で心の中にてツッコミを入れている。
そして、
「それに、結局大人になったら子供に合わせてカレーは甘口、お寿司はさび抜きになるんだから、別にいいじゃない」
「…!」
たまに皐月がこのような爆弾発言を投下して、光哉が顔を真っ赤にして固まって話が終わるのだ。
「子供って」
「気が早い!早すぎるよ皐月ちゃん!」
「子供が生まれてお寿司食べるようになるまであと15年はかかるって!」
友人たちもついに心の中に留めておくことはできなくなって、声を上げてツッコミを入れた。
また別の日。
「星香ちゃん、怪我したんだって?大丈夫?」
皐月の妹・星香が学校の体育の時間に怪我をしたと聞いた光哉は、心配そうに見舞いにやってきた。
「派手な擦り傷よ、骨に異常はないわ」
皐月が代わりに答えた。
「ああ、それならよかった」
光哉はほっと胸を撫で下ろした。皐月をお嫁さん扱いしている光哉にとって、星香は義理の妹。自分の妹も同然なのだ。
すると星香が、
「光哉くんきいてよ、怪我人なのにお姉ちゃん全然優しくしてくれないんだよ」
と訴える。星香の方も光哉を兄扱いしているので、仲は良好だ。
「いい年した女の子なのにお風呂嫌だなんて非常識なことを言うからでしょ」
皐月は横目で星香を睨んでいる。
「だって染みるもん!」
「私にお風呂に叩き込まれて洗われたくなかったら、今日は自分からちゃんと入りなさい」
星香は決して幼児ではなくれっきとした小学生で、皐月と一学年しか違わない。だからこうやって他人の男の前で女の子のお風呂の話をするべきではないのだが、光哉は星香を異性として意識することは全くないので全員がスルーしている。
「まあともかく思ったより元気そうで安心したよ、あまり皐月を困らせないようにね」
そう注意する光哉に、
「まったく、光哉くんはいつもお姉ちゃんの味方なんだから…」
恋愛沙汰に疎い子供っぽい星香ですらも呆れるのだった。
「そう言われても…」
「光哉くんも怪我してお姉ちゃんに洗われればいいんだ、そうすればお姉ちゃんの乱暴さを光哉くんだって知ることになるんだからね」
叱られた仕返しとばかりに過激なことを言う星香の狙い通り、光哉の頬が朱に染まる。
「あ、洗われるって…!」
小学校高学年の男子にとって、好きな女の子と一緒にお風呂なんてものは刺激が強すぎるのだ…このシチュエーションの場合、おそらく介助者の皐月は服を着ているのだろうが。
しかし、皐月の発言はある意味もっと刺激が強いものであった。
「まあ、どれだけ怪我や病気しないように気を付けたとしても、何十年か後にはどちらかがそうしなきゃいけなくなるよね」
「……介護するってコト!?」
それはつまり皐月が光哉と結婚して、何十年という月日を連れ添って、日常のことができなくなる程に老いるまで一緒にいるつもりがあるということだ。
「お姉ちゃん…」
「え?お父さんが前の酷い会社で骨折したときうちもそうなってたでしょ?何かおかしい?あ、そうか、光哉くんは一人っ子だから練習相手がいないのね…」
「皐月、いや、あの…僕は……」
光哉は皐月に結婚してほしいと思っていて、皐月も結婚に乗り気。
…いや。
皐月は既に光哉と結婚しているかのような心持ちで堂々としているというのにも関わらず、光哉は結婚してくれと縋っている、という傍から見れば滑稽な状態になっているのだ。光哉は自分の方が好きと言うのはよくても、好きだと言われることには慣れていない。それどころか向けられる好意については非常に鈍感だった。
「こういうのバカップルって言うんだって、ツネちゃんが言ってた」
星香の呟きは他の誰も聞いていなかったが、もし仮に聞いていたとするならば…全力で首を縦に振っていたに違いなかった。