鶴旦那は恩返しより溺愛したい 第3話

第3話 慶事

大小の川に挟まれている上之田通村は、年によっては五月雨で浸水が起こる。しかし今年は大きな被害もなく、市次郎が初めて作った田んぼの様子は順調だ。

村の皆が親切に教えてくれるので、手先が不器用な市次郎でも仕事をこなせている。

水無月も終わりに差し掛かった頃、弥次郎が市次郎と佐奈を家に呼び出した。

「徳一…じゃない、庄屋様がお前たちに結婚を命じた」

「「えっ」」

驚く二人の声が揃った。

「お前らの関係は一目瞭然だろう」

「それは…」

「私は、その…」

顔を赤くして俯く二人。お互いに気持ちはわかっていたが、敢えて明言は避けていたのだ。

「月が替わって佐奈の喪が明けたらすぐに結婚しろ」

仲人は庄屋の徳一郎、形ばかりの婚礼の儀を行うのは神主だから、既に話はついているというわけである。

「市次郎さんがうちにお婿に入るのなら、色々と準備しないと」

佐奈が呟くと、

「ひ、引っ越すといってもそんなに物を持ってないんで…!せいぜい、糸くらいで!」

と、市次郎は慌てる。二人の生活を具体的に想像してしまったのだ。

しかし、

「これで勘吾郎じいさんの田畑も無事守られるな!市次郎の小屋はあと三年もすれば利造の弟が大人になるから使うだろう、村中と村東の間にある藪を粟畑にするという話も出ているし、子供たちが無事に育ったらもっと住める場所がないといけないと徳一も言っている」

弥次郎の真面目な様子に市次郎もすぐ考えを改めた。

「…開拓するんですか?」

「今の当主の目が届くうちなら今のままでも十分に食えるが、念のためにな…」

その言い方に、市次郎も佐奈も引っかかりを感じた。

「…庄屋様、どこかお悪いんですか」

佐奈が尋ねると弥次郎は苦い顔で答えた。

「いや、一応壮健ではあるんだが、奥方は最近ますます気が弱ってしまっているし、息子はあの通りだからな…できることはできるうちに済ませておきたいというのが本音だろう」

当人がどれだけ人格者でも、息子の横暴さと侍女頭の婆の悪評は彼の功績を薄めてしまう。家の当主というものはそういうものだ……人間はやはり面倒だと市次郎は思った。

「私たちの結婚もお片付けのひとつというわけですか」

「お佐奈さん、そこまではっきりと」

「まあそう言ってやるな、お前を愛人にしようとかいう若旦那を諦めさせるための口実でもあるんだから…諦めさせるために、隣村のお嬢さんのお輿入れを早める話も出ているぞ」

「…まだ十二…?でしたよね、確か」

「大層賢い娘で、家のことについては既にしっかり学んでいるらしいぞ?」

どうやら思ったより徳一郎はあれこれ積極的に動いているようだ。今は元気でも、自分の体調に何か思うことがあるのかもしれない……これはよくない気がする、と市次郎の直感が訴えた。

二人で暗い顔をしていると、場の空気を換えるように加屋が白湯を持ってきてくれた。

「そんなに賢い娘さんなら、古屋を行儀見習いに行かせようかしら…それにしても二人とも、結婚が決まったのに辛気臭い顔ねえ」

市次郎が加屋の方を見ると、彼女はニコリと笑った。元気出して、と言われたようであった。

「そうだそうだ、もっと喜べ」

弥次郎も励ました。

「そ、そうなんですが…」

喜び過ぎたら何をするかわからないんだ、と市次郎は心の中で叫ぶ。自分の方をちらちら見ながら頬を染めている佐奈が可愛すぎるからである。

「節度を守りつつ喜べ」

「難しい話です…」

「あの藤一郎だって耐えたんだからお前もできるはずだ」

「それはそうなんですが…」

藤一郎は紺が懐妊したことで、ますます愛妻家に磨きがかかっている。初産ということで心配した彼は暇さえあれば土地神の社を拝みにくるようになり、市次郎は土地神や鳥たちとの会話を聞かれそうになって危なかったこともある。まだごく初期なので拝まれても何もできないと土地神は少々困り顔だったが。

「お紺に家のことを色々教えようにも藤一郎がべったりくっついて離さないんだもの、機織りだってお佐奈ちゃんと一緒に教え始めようと思ったのにあの子が邪魔をして困ったものよ…お紺には夫の叱り方を一番最初に教えるべきだったわ」

「私は大丈夫ですよ?」

「お佐奈ちゃんはしっかりしてるからねえ、市次郎は尻に敷かれるね、きっと」

「女房は元気がある方がいい、だから尻に敷かれるくらいが丁度いいぞ」

「あら、弥次さんはおとなしく尻に敷かれる性質というわけでもないでしょうに」

「そうか?」

「とぼけないの」

だが、ある程度のところまではもう勘づかれているのではないか?とも市次郎は考えている。というのも、今この時も、弥次郎と加屋は当然のように『藤一郎と市次郎は似ている』ものとして話を進めているからだ。まるで実の兄弟のことを語るかのように。

■□■

そうこうしているうちに喪は明け、二人の婚礼が行われる五日前のこと。

代官屋敷に向かった徳一郎が戻ってくるや否や、村人たちを呼んだ。何か急ぎの伝達があるらしい。何事かと慌てて村の皆は庄屋の屋敷に集まる。

徳一郎は難しそうな書を手にしている。神主が子供に字を教えているので、かな文字を読める者は普通の村に比べると多いかもしれないが、正式な代官からの書類だと他に読めるのは弥次郎とその跡取りの藤一郎、東と西の組頭、そして徳兵衛くらいだ。徳兵衛の場合はその特権を仕事に活かすつもりはなさそうなのが問題だが…。

そして徳一郎は、

「お殿様が新しい決まりをお作りになったので、皆に伝える」

と話し始める。

「何だろう」

「さては年貢が重くなったか」

悪い方向に想像していた一同だったが、意外にも伝えられたのは慶事であった。

「この度お殿様にお世継ぎが誕生なさった」

「へえ!!」

「それはめでたいな!!」

皆、我がことのように喜ぶには理由があった。この一帯を治める藩主…皆は『お殿様』と呼んでいて本名は知らない…は、大病をして一時期はお世継ぎどころか命すら危ぶまれる時期があったからだ。

「やっぱり江戸の名医はすごいんだねえ」

感心したような声が響く。

伝え聞くところによると、殿様の奥方は将軍家ゆかりの姫君であり、格上であるため気位が高い女性であったという。が、夫が病のときに実家の力を使って名医を呼び寄せ加持祈祷を行い、献身的に看病したことで二人に愛が生まれた。今ではすっかり仲睦まじい夫婦である…と。

「先の秋に奥方様の実家より縁起の良い丹頂鶴を贈られてからのこの慶事である、しては丹頂鶴を吉兆を告げる鳥とし、領内でこの鳥を殺したり捕まえたりすることを禁じる!……とのことである」

「!!!」

人の姿になっているとはいえ、急に自身に関わることを言われて驚く市次郎。そんな彼の動揺に皆は気づいておらず、丹頂鶴について口々に語り始めた。

「丹頂鶴か…そういえば冬にうちの罠にかかってたなー、勘吾郎じいさんの葬式の時だったからお佐奈ちゃんが逃がしてやったけど」

「そうね、あれは確かに丹頂鶴だったわね、とても大きくて綺麗だったもの」

佐奈にすれば忘れもしない出来事だろう。まさか市次郎がその鶴だとは知る由もないだろうが。

「真鶴に比べると美味くないって死んだ親父が言ってたな、俺は食ったことないけど」

伝吉が呟く。

「あれって長寿の薬だろ?薬なら不味くても仕方ないんじゃないのか」

「そりゃそうだな、しかも親父はお袋を残して逝ったし、薬としても全然効かなかったってことだ」

「とんだ迷信だな」

どうやら、村人たちは法で決められなくても丹頂鶴を捕ることに乗り気ではないようだ。群れに馴染めなかったし今は人として生きている市次郎だが、やはり同じ丹頂鶴であった以上は食べるのは無理である。が、今回のことで食べなくても済みそうだ…市次郎はほっと胸を撫でおろした。

それからは徳一郎が村長としての采配を行う。

村からはお世継ぎ誕生の祝いとして青苧の布を贈るつもりである。ただし、問屋に売る予定だったものを贈ることになるので、収入がその分減ってしまう。その分機織りができる加屋と佐奈に頑張ってもらわないといけないので、他の仕事は村の者が肩代わりするように。また、今回の祝い事のために城の奥女中や下働きたちが衣替えをするので、城下町では古着が大量に売りに出されて安く買えるようになる。村の蓄えの多くを服の購入に使う予定だが問題ないか、など。

こうやって徳一郎はきちんと村の者がすべきことを示してくれるし、村のお金を使うときは使い道を確認してくれる。庄屋として非常に有能な彼が、もしいなくなってしまったら…市次郎は一瞬そう考えて、慌ててそれを振り払った。

あれこれと話を聞いているうちに日が暮れてきてしまった。時間が遅くなったので、佐奈は直接弥次郎の家へと行くことにする。…弥次郎の家で身を守るようにして夜を明かすのも、市次郎が婿に入るまでのこと。あと数日で終わりだ。

「はあ、これから頑張らないとね…布をたくさん織らないと」

「い、家のことは俺もやるので…五日後から!」

「さすがに当日はお酒飲むから機織りはお休みでしょ…それに、いくらお婿入りでも、田畑まで任せてそれはさすがに」

「藤一郎兄さんも悪阻のひどいお紺さんを寝かせて昼飯の炊き出しを手伝っているそうだから、俺も真似をするんだよ」

市次郎からすれば佐奈に尽くすのは当たり前だし、むしろ全ての他の仕事を引き受けるから余った時間で自分を構ってほしいくらいだった。

「鶴が吉兆を告げるのなら……あの時の鶴も私に告げてくれたのかしらね?」

「え?」

「こんな素敵な方を遣わしてくれたんだもの……」

「…!!」

佐奈は市次郎に対して滅多にこのような本音を口にしないので、市次郎は驚いた。勿論市次郎に見惚れたり、優しいことを言われて頬を染めたりといった態度に出てしまっているのだが、それとこれとは別のようで。でも、さすがに結婚五日前、もっと仲良くなりたいと願って勇気を出したのだった。

佐奈の指先が迷いながら市次郎の手を弄る。

「…折角親孝行のために帰ってきた市次郎さんを私が持ってっていいのかしら」

「…え?」

「みんな薄々気づいてるわ、加屋おばさんのお腹の中で死んでしまった弥次郎おじさんの二番目の男の子…の、生まれ変わりなんでしょう?市次さん」

「!!」

市次郎は驚いて思わず佐奈から手を放してしまう。…が、肝心な部分…自分が鶴であるということまでは、さすがに気づかれていないようだった。

「藤一郎さんと並んだらあんなに顔がそっくりなんだもの、それに当たり前のように兄さんって呼んでるし、気づかない方がおかしいわ」

「…そうだよな、気づかない方がおかしいよな」

市次郎は何だか恥ずかしくなって俯いてしまった。

「生まれ変わって家族に会いにきたの?」

「……まあ、『今の』親とは縁が切れたというのもあって…」

それは嘘ではない。卵のときに育児放棄されたのだから…孵化しないのだから死んだ卵と見誤るのも当然で、鶴の親も被害者なのだが。

「どこぞのお武家さんなんだっけ……それなら尚更、弥次郎おじさんたちに親孝行するのね?」

「ああ、勿論」

「私もそうしたい、弥次郎おじさんと加屋おばさんは私の親代わりをしてくれたから……二人で返していきましょうね」

「お佐奈さん…」

市次郎は胸が熱くなった。佐奈はどこまでも優しく、清らかだ。鶴の自分を助けてくれた時から知ってはいたが、その強さと優しさは皆に向けられている。

番として佐奈がいつも恋しいし、愛情を独り占めしたいと常に願っているけれど…この優しさは、独り占めしてはいけないものだ。

そして、市次郎は決意した。自分の真実を結婚前に佐奈に話すということを。

市次郎は土地神の神通力によって変身しているので、正体がばれるどころか自力では鶴に戻れない。だから隠しておけばいいのだが…隠しておくのは誠実ではない。人間の番は、愛より疑いが大きくなれば簡単に壊れてしまうのだ。自分も佐奈の優しさに精一杯応えなければならない。

「お佐奈さん、結婚の前に明かしておかなければいけないことが」

真面目な顔で向き合った市次郎に、

「え、何…あ!もしかして、本当の親のこと!?」

佐奈も大真面目な顔で答える。

「…それを聞いたら結婚をやめたいと言うかもしれません…そうしたら俺は村を出て、神社から通いで田畑を耕しに来ます」

「え…でも、中身が弥次郎おじさんの息子で神主さんの養子に入ってるなら、実の親が罪人だろうが物の怪だろうが大丈夫だけど…」

「物の怪…」

まさかそれが候補に入ってくるとは思わなかった市次郎は、思わず目を丸くした。

「物の怪なの?物の怪が神社に養子?」

「…近いかもしれない」

そして市次郎は自分の正体を語った。自分はあの時助けられた鶴であること。魂を取り違えられたことで本来の人間の身体が死んでしまったこと。そして、今の身体は神によって人の姿に換えられたものだということを。

黙って頷きながら聞いていた佐奈だったが、市次郎が話し終わるとぼそりと呟いた。

「…自由に鶴に戻れないのよね?戻れないなら本当かどうか確かめようがないわ」

「……戯言と思ってくれても構わないけど」

尤もなことだと市次郎は思う。

すると佐奈は溜息をついて、

「そんなくだらない嘘をつく人じゃないでしょう、市次郎さんは」

と苦笑した。

「…!」

嘘をつかないと思われている。そこまで信頼されている。市次郎はそれが嬉しかった。

「市次郎さんが鶴だとしても、私を助けてくれたことには変わらないでしょう?それに神主さんが事情を知っているんだから、鶴の子供が生まれても私たち二人をどこかに逃がしてくれるんじゃない?それなら大丈夫よ」

「俺が鶴でも、一緒にいてくれるんですか…!?」

「そうよ」

それは、市次郎が一番欲しかった言葉だった。出会ったあの日と同じ佐奈の優しさと強さに改めて触れ、胸に愛しい気持ちが膨れ上がり、言葉となって溢れ出す。

「お佐奈さん、俺はあの時助けられてから貴女のことをずっと恋い慕ってきたんです!」

その嘘偽りのない愛の告白に、佐奈の頬が真っ赤に染まる。

「……た、たまたまお爺さんの葬儀だったから放したのよ?」

「そんなことはもうどうだっていい、俺はお佐奈さんと夫婦めおとになりたい、あと五日が待ち遠しくてたまらない……!」

「う……」

情熱的な言葉を次々とぶつけられた佐奈は固まってしまう。

「好きだ!」

市次郎が佐奈を抱きしめたその瞬間。

「おーい、あと五日なんだから我慢しろよー」

と、呆れたような藤一郎の声が響いた。

「ひぃっ」

佐奈は慌てて市次郎を突き飛ばす。

「黄昏時とはいえこんな外で、ちゃんと我慢しろ馬鹿」

藤一郎は市次郎を小突いた。この態度からしても、どうやら弟の生まれ変わりだと気づいているようだ。

「…」

市次郎は固まってしまって、そこから暫く動けなかった。

■□■

五日後の夕方、無事に市次郎と佐奈の婚姻が執り行われた。

少し豪華な貸衣装を着て、神主が祝詞を唱え、仲人である徳一郎の元で酒を飲み交わす。村人の結婚式はこれで終了である。

明日の仕事に響くといけないので式が終わって早々に抱き合っているのも、布団を汚すと大変なので『ござ』の上で初夜を執り行おうとするのも、もしかしたら珍しいことではない…のかもしれない。

「佐奈、と呼ぶけどいいかな」

「いいわよ、市次さん」

どうやら互いに呼び方を変えるらしい。加屋に倣ったようだ。

「ええと…式が終わって早速、だけど」

「時機が悪かったわね、機織りを命じられちゃったからあまり夜更かしできないもの」

佐奈はクスクス笑って市次郎に体を寄せる。

「佐奈」

市次郎は幸せすぎて泣きそうになった。

「…大丈夫?その…やり方、わかる?」

「……真っ最中を見たわけじゃないけど、あの家に泊まってたときに声が聞こえることはたまに…」

「ああ、あの二人ね…相変わらずよね…結婚まで我慢しろって言ってたけど、市次さんと違って全然我慢できてなかったもの!」

「えっ、結婚したら反動がくるくらい我慢したって言ってたけど…」

「あれで!!私、この前市次さんが怒られてるの見て、どの口が言うかって思ったもの!」

「そうなのか!?」

ござの上で抱き合ったまま二人は楽しそうに語り合う。だが、互いに初めてなので、それでも緊張してしまっている。

…ふと会話が途切れ、部屋は静寂に包まれる。

「佐奈…」

「市次さん…」

見つめ合った二人は、流されるようにそのまま互いの口を吸う。

「佐奈に出会えたことが俺の一番の幸せだ…」

市次郎は着物を寛げて、互いの肌を触れ合わせる。

「私も…結婚相手が市次さんでよかった」

佐奈は頬を染め、夫となった愛する人に身を委ねる。

「……佐奈っ!」

市次郎は佐奈を強く抱きしめ返し、舌を絡めながら唇を貪った。

夏の夜。外から射す月の光が、佐奈の肌を照らした。

「柔らかくていいなあ…」

「ちょ、市次さん…気に入りすぎよぉ…」

月が高くなった。初夜を満喫している市次郎だったが、佐奈の柔らかい胸がいたく気に入ってしまい、執拗に揉んで吸ってと遊んでいた。鳥である鶴には当然ないものだから、佐奈と番になれたという実感が湧き感動もひとしおなのだ。

しかし佐奈からすれば敏感な部分をずーっと弄られて、そのくせなかなか大切な部分には触れてもらえないのだから、焦れてしまっている。

「可愛い、佐奈」

「市次さん、あ、も、くすぐったいからやだあ…」

思わず太腿を擦り合わせてしまった佐奈の着物がさらに乱れたのを機に、市次郎は次の段階に進めることにした。焦らすつもりは全くなく、切り替える機会がよくわからなかったのである。

「ここかな?」

「あっ…」

散々焦らされたことで、佐奈の蕾は既に蜜で潤い始めている。

「きゅうきゅうって啼くくらい善くなったらちょっとだけ挿し込んでいいと聞いた」

市次郎は既婚者である藤一郎と伝吉に指南を受けていた。十九にしては女を知らなさすぎる市次郎をそのままの状態で結婚させるのは同じ男として見ていて不安だ、という理由だった。ただし彼らも教える通りに巧みに妻を抱いて満足させられているのかというと、それとこれとは別問題なのだが。

「ま、真面目に言わなくていいから…!んっ、や…」

市次郎の指が佐奈の花弁を探るように撫でる。

(え…入りそうにないけど大丈夫なのか、これ)

市次郎は人の身体になってからというもの、恋しい佐奈の中に挿れて果てたいという衝動は尽きることがなかった。何度もその日を妄想して自分を慰めたこともあったが、実際に触れた佐奈の入口はまだ綻んでいなかった。

「ん…っ……」

佐奈は与えられる感触に戸惑ったが、抵抗せずに夫に身を任せる。それだけ信頼しているのだ。

(佐奈は気持ちいいのか…?ひとまずきゅんきゅん啼くまで撫でてればいいってことだろうか)

学んだことに忠実な、真面目な市次郎である。胸の時と同じように佐奈の可愛い反応を楽しみながら執拗に撫でているうちに、佐奈の秘所は蜜をとろとろと零して次第に夫のものを受け入れる準備が整ってきた。

「ん、ふ…」

「佐奈、そろそろ」

そう言った瞬間に市次郎の指が滑り、偶然にも花弁の一番敏感な場所を押しつぶす。

「あっ、あぁあーっ!!」

佐奈は初めて絶頂を迎える。ピクピクと身体が痙攣し、蜜が散った。

「えっ!?」

「あ、はぁ…はぁ…市次、さあん…んっ…何だか、へん……」

自分の身体の変化に戸惑い恥ずかしくて耐えきれなくなった佐奈が口を押さえる。喉からきゅうっ、ひゅうっ、と押し殺した嬌声が漏れた。

(こ、これが啼くってことか!?本当にこうなるのか…!てことは…ちょっとだけ挿れてもいいってことだ!)

待ちに待った瞬間に、市次郎は慌てて下帯を解く。彼の分身は期待でぎちぎちに張りつめて、先走りが滲んでいた。洗うことは明日考えようと、布団の中に放り出す。

「…市次さん」

「ああ…じゃあ、少しだけ…」

「…!」

ずぷりと音を立てて先端が佐奈の中に埋まった。

「う…すごい…さ、佐奈ぁっ!」

それだけなのに、あまりの気持ちよさに市次郎の理性は焼き切れた。もう浅くでは止まれない。佐奈の狭い隘路を無理矢理開くように市次郎のモノは奥へと進む。

「や、い、いたっ……」

痛がる佐奈が背中に爪を立てた。

「す、すまない…でも…止まれない…!」

「あぁああっ」

市次郎は腰を押し進め、ついに全部奥へと挿れてしまった。

「きつくてあったかい…」

「い、言わなくていいからあ」

羞恥心やら痛みやら何やらで佐奈は今にも泣き出しそうだ。

「ごめん、嬉しくて…つい」

「馬鹿ぁ…」

文句がつい出てしまったが、それでも佐奈は市次郎の背中に手を回したまま、しっかりとしがみついている。

「…動くぞ」

「…うん」

市次郎はゆっくりと腰を一度動かしただけでむずむずするような、痺れるような快感に襲われる。

「すごいな…」

「ねえ…動いてくれた方がいいの…」

痛みを紛らわせたい佐奈が甘えた声を出す。

「…!」

恋しい人を妻にして抱いているというだけでもすぐに絶頂してしまいそうなくらい興奮するというのに、おねだりまでされて…もう市次郎は限界だった。

「あ…」

「好きだ、佐奈」

「ん…」

「今日からずっと俺と夫婦なんだ」

「うん…」

「それが、すごく嬉しいんだ!」

「私っ…私も、嬉しいの…」

愛され激しく求められている喜びが次第に佐奈の痛みを和らげていった。緊張がほぐれ、身体が少しずつ市次郎のものを受け入れ始める。

「佐奈…綺麗だ」

「市次、さぁん」

「佐奈」

「ん、ふ…」

深い口づけで酔ってしまった佐奈は、もどかしいと言わんばかりに夫の腰に足を絡め『ここに出して』とねだる。

「…っ」

市次郎は求められるがままに、佐奈を孕ませるべく奥を蹂躙した。

「あっ、は…」

「出すぞ…!」

痛みと快楽が混ざり合って混乱している佐奈の最奥部に、市次郎は溜まるに溜まった熱をぶちまけた。

「ひゃ、っ……」

中に出されるというのも初めての感覚で、佐奈はますます混乱する。

「…っ」

あまりの快感に市次郎が低い声で唸る。断続的に精が吐き出され続け、なかなか絶頂が終わらない。

「あ……」

夫の色気に満ちた様子に惹かれて佐奈の未開発な身体も再び軽い絶頂を迎えたのち、やがて身体から力が抜けてしまった。

「……はぁー…」

満足した市次郎は、出したものを奥へと送りこもうと腰をゆっくり揺らす。子供ができますように…という、願いにも近い行為だった。

佐奈はぐったりとしていたが、やがて規則的な寝息を立て始めた。長い緊張から解放され、半分気絶に近い形で眠りに落ちたのだ。

(だ、大丈夫だよな?明日起きられるよな?)

本当はもっとしたかったのだが、初夜から飛ばしすぎるのも考えものだと思った市次郎は佐奈を起こしてまで二回目を頼むことはやめておいた。というか、明日の夜もしよう、と心に決めていた。

杭を抜くとトロトロと白濁がござに流れ落ち、これは明日掃除が大変だなと思いつつも、幸せで思わずにやけてしまう市次郎であった。

■□■

翌朝。

佐奈は腰が痛いながらも何とか起き上がった。

(うーん…血が出るというからもっと痛いのかと思ったけど、意外と平気だったかもしれない…)

こういうものなのね、と佐奈はひとり納得する。

ふと、二人が寄り添って寝ていたござに大きな羽根が2枚落ちているのが目についた。

「あ、鶴の羽根…」

激しい運動をしたら抜けてしまうのね、と佐奈は顔を赤らめた。

「佐奈…?」

腕の中のぬくもりが逃げてしまったことで、市次郎が目を覚ます。

「起きて仕事しないと…」

「…わかった」

市次郎は佐奈に起こされるだけでも嬉しいと言わんばかりである。というか、下帯を元に戻すことなく眠ってしまったので着物の陰から色々丸見えであった。

「……ここまでちゃんと人間の身体なのに、羽根は落ちるのね」

あれだけ鶴の身体ではできないことを沢山して、寝起きに大きくなるというところまできっちりと人間と同じ身体なのに羽根が抜けるという理屈はよくわからないが、土地神の神通力が及ばない部分が抜け落ちてしまうということだろうか。

「あ、羽根」

市次郎は慌てて羽根を佐奈から受け取る。

「どうするの?」

「これを神棚に供えておくと、糸に変わるんだ」

「市次さんが持っているあの綺麗な糸って、羽毛なの…?」

「そういうことになるんだろうけど…」

さすがにこの恰好で神棚の前に行くのもどうかと思った市次郎は、持ってきた荷物から着替えを出した。ござと下帯は佐奈が洗ってくれるらしい。市次郎は服を着替えて神棚を拝むと、いそいそと井戸に水を汲みに行った。

戻ってくると佐奈が青菜を包丁で切っていた。

「あ、おかえりなさい…この菜っ葉と昨日の残りの麦ご飯で雑炊にするから、ちょっと待っててね」

毎日一緒にいられるのだと急に実感した市次郎は嬉しくなり、抱き着いて押し倒してしまいたい気持ちを必死に堪える。佐奈と家の田畑を守るという条件で結婚させてもらったのだから、必死に我慢だ。

そう、結婚させてもらった。恋女房は乞い女房、つまり頼み込んで妻になってもらったことだと藤一郎に惚気られたことがあるが、まさにその通りだ。

その日市次郎は農作業をしながらも、家で炊事や洗濯をやっている佐奈が恋しくなり時折顔を見に帰ってしまうのだった