料理をしたら旦那様を慰めることになりました

辺境伯の娘であるアザレアがジェイド・ラファティ侯爵に嫁いで2か月が経った。

ラファティ家の領地アークジョインは王都近郊の大街道沿いにある。王都ほどの大都会というわけではないが、王都の習慣や流行といったものはすぐに伝わってくるような場所であった。急ぎの用でもない限り数か月遅れで情報が入ってくるアザレアの故郷・フルーメンとは大きな違いである。

夫のジェイドはアザレアを溺愛しており、必要以上に社交の場には出さないのだが、それでも故郷にいた時のようにとはいかない。アザレアは勉強の日々が続いていた。

「服やアクセサリーだけではなく、花にも流行りというものがあるんですか」

その日、アザレアは驚いた顔で言った。

近郊農業が盛んなアークジョインにはソーウェル農園という大きな農園があるのだが、花農園の管理人から『今一番流行の花』としてサーモンピンクの薔薇を献上されたのだ。

「王都の貴族が注文する花が我ら領地の花農園の要となっておりますゆえ、流行には人一倍敏感でなくてはならないのです」

そう執事に説明され、アザレアは軽く俯いて呟く。

「流行りということは来年には作らなくなるのですね…こんな色の薔薇は初めて見ましたのに、とても残念です」

「お気に召されたのであれば、庭師に頼んで温室で作らせますよ、奥様」

「ありがとうございます」

アザレアは薔薇を専属の侍女ベティに渡すと、玄関に飾らせた。

「ソーウェル農園で育つかすみ草の種は最初はフルーメン領から贈られたものなのですよ、花束にはなくてはならないものです」

ベティはそう言って微笑む。

(綺麗な花はいつ見ても綺麗なのに、流行り廃りがあるなんて…都会は怖いわ)

社交のためにはある程度流行を把握するように、話題を作ることができるし流行があるから経済が回るのだ、とアザレアは父から習ってはいた。しかし突然環境が変わると不安になる。フルーメン領では毎年のように同じ花が咲き、それを見て季節を感じて喜んでいたのだが……。長く社交界でやっていくためにはかすみ草のように誰とでもうまく馴染まないといけないのかもしれない…などとアザレアは自分ではうまいことを考えたつもりだったが、どうすればそのようにできるのかは全く想像がつかないのであった。

夜。

夫婦の寝室で、アザレアは夫に『流行りの花』のことを話した。

「領の産業を把握するためには、私も流行りを勉強しないといけないのですね…」

「無理をすることはない、フルーメンの人々のように季節の花を愛でるのが本来は自然なのだから」

ジェイドは優しく答える。真面目で堅物として知られるこの若き侯爵だが、初恋の相手でもある愛妻にはひたすら甘い。

「そういえばここのお庭は、フルーメンにいた頃に似ていますね」

「私が誰から農業や治水を習ったと思う?」

「ふふ、そうでしたね」

ラファティ家の邸宅の庭は自然豊かで、アザレアからすると馴染みのあるものだった。ジェイドが植物について習ったのがほとんどフルーメン領への留学期間であったために自然と造園の技術も似通ったというのが第一の理由だが、フルーメンに似せて作った庭を見ることでジェイドの心が慰められるという理由もあったし、アザレアを妻にしたときに喜ばせるためというジェイドの囲い込み策の一環でもあった。

「2か月経ってもまだ馴染めないことが出てくるのだな…アザレアの負担になったら困る、何でも遠慮なく言うといい」

「いいのですか?」

そんなに甘やかされていいのかしら、と言わんばかりのアザレア。しかしジェイドは涼しい顔だ。

「フルーメンでの生活がゆったりしていて楽しいということは、長期留学していた私がアザレアの次によく知っていることだろう」

「まあ」

「使用人たちにも向こうの生活についてありとあらゆる情報を与えてある、きっと力になってくれるだろう」

「…わかりました、勉強に疲れた時は頼りますね」

「ああ……そうだ、代わりにアザレアの気に入った薔薇の花を部屋に飾っておいてくれるか?」

「はい、喜んで」

「それでは…そろそろ休むとするか」

ジェイドが明かりを消すと、夫婦の甘い時間が始まる。

(今日もジェイド様はとても優しい)

鈍いアザレアは夫の重すぎる愛に気づいているのかいないのか、紫水晶の瞳を細めるのだった。

□■□

それから数日間、アザレアの勉強は続いていた。

装飾品や花どころか家具にも小物にも、果ては食べ物に至るまで『流行りの物』があるということに、アザレアはうんざりしていた。

愛玩動物を流行りを理由にむやみに変えてはいけないとか、流行りの宝石を採掘するために鉱山で重労働させないように定期的に国の監査が入るとか、そういった流行の規制を行う法律はあるにはあるのだが…逆に命にかかわらなければ経済が回るので問題ないと考えられているフシもあるらしい。

「奥様は流行を追うことがあまりお好きではないのですね」

休憩のお茶を淹れながら、ベティが呟くように言う。

「そうね…私が10歳くらいの頃だったかしら?王都で毛糸が飛ぶように売れて、フルーメン領に入ってこなくなって困ったことがあったの」

「…ありました!王都の貴族の女性の間で、編み物が大流行したことが!」

「数か月して流行が去ったからってフルーメンに沢山毛糸が入ってきたけど、一番寒い時期に虫食いのある防寒具を使う羽目になった領の人たちが可哀想で…それから流行りを追いかける王都の貴族をしばらく憎んでいたわ」

「それは当然のことです」

ベティが我がことのように怒ってくれたことで、アザレアはほっとした。少なくともラファティの家風は、そういった流行を追いかけて社交界で注目を浴びる貴族とは真逆である。

(まあ、そういう華やかな方々は、そもそも私のような田舎娘を花嫁に迎えたいなどと思うはずがないのだけれど)

アザレアは心の中でそう思いつつ、手元の資料を片付けるのだった。

「こちらは…先日の晩餐会のメニューですか?」

「ええ、ここにお客様をお招きする以上は『喜ばれる料理』を出さないといけないでしょう?料理人を信頼してはいるけれど、侯爵夫人が『初めて見るので食べ方がわかりません』というわけにはいかないもの」

「確かに、お料理にも流行りがありますね」

「向こうではそんなことを気にすることもなかったけれどね…あっちは田舎料理、だもの」

王都では、フルーメンの料理は美味しいと言われる。第一の理由は勿論、農業が盛んなフルーメンでは美味しい農作物が新鮮な状態で手に入れやすいからだ。だが、第二の理由は『豪華絢爛なパーティの料理ばかり食べている王都の貴族にとって田舎料理は新鮮だから』という、少し侮蔑のような意味を含んだものであった。大変失礼な話である。

「公の場の食事以外では、なるべく奥様のお好きなものを作るようにと侯爵様が……尤も、アザレア様がいらっしゃる前からフルーメン料理を頻繁に召し上がっていらっしゃいましたように私は思いますが」

「野菜をゴロゴロ大きく切ったシチュー?隣国から輸入した岩塩を振りかけただけの肉のロースト?焼きっぱなしで作る、地味な見た目のベリーのパウンドケーキ?」

「奥様の仰るとおりです」

「ふふ、ジェイド様らしいわ」

今言ったものはジェイドがフルーメン領への留学期間中にアザレアの実家・エリカレス家で出されて食べていたものだ。あの時の味を気に入ってくれていることが、アザレアは嬉しかった。

「あ、もしかして…奥様のご実家のレシピなのですか」

「ええ…だから私も作ることができるわよ」

「奥様が、ですか!?」

それを聞いて、ベティは目を丸くした。

あ、やっぱり驚かれてしまったか……と、アザレアは思うのだった。

フルーメン領は辺境である。当然ながら王都に比べて娯楽が少ない。ゆえに、祭りがよく開かれるのだ。毎月のように行われると言っても過言ではない。

当然ながら領主であるエリカレス家はその祭りを支援するし、自ら主催することもあった。料理を振る舞うのはその祭りの時である。アザレアも、伯爵夫人であるアザレアの母も、屋敷の料理人やメイド達に混じって料理を作り、領民たちに振る舞うのだ。

「領民に娯楽を提供するという領主の役目、親しみを持ってもらうことで統治しやすくするという思惑、自分たちも祭りに参加して楽しみたいという気持ち…色々な理由があって、私たちは料理をしていたのよ」

アザレアの話を聞いて、ベティの瞳はキラキラ輝いていた。

「素敵です…私も一度、フルーメンのお祭りに出てみたいです!こちらにも収穫と夏至、冬至のお祭りはありますけど…」

「…ジェイド様はお金を出して、挨拶をする、くらいかしら?」

「あ、いえ…」

「いいのいいの、実家が貴族としては例外すぎただけだから」

アザレアは笑う。

(ジェイド様の優しさのおかげで自分はあまり変わらず過ごせているけれど、やっぱり常識が違う土地なのね…沢山勉強して、皆に恥をかかせないようにしないと)

そう考えたアザレアは、小休止の後にまた勉強を始めるのだった。

そんなこんなで十日ほどが経過した。

素直なアザレアは勉強を真面目に続けていたが、ついに疲労が見え始めた。ソーウェル農園から二度目の薔薇が届いたが、表情は暗い。当然ながら心配したジェイドはアザレアに休養を命じた。

「アザレアに何かあったら私まで倒れてしまうだろうな」

これは脅し文句ではなく紛れもない真実である。

「はい、ご心配をおかけしています…気分転換に身体を動かした方がよいと皆が助言してくれました」

「運動か…乗馬はどうだろうか?やるとすれば今度の休みになってしまうが……いや、それとも乗馬のために休暇を取ろうか」

「ふふ、大げさすぎですジェイド様…それだけ心配してくださっているのですね、嬉しいです」

冗談だと受け取ったアザレアは呑気に笑った。

「だが、アザレア」

「身体を動かすなら庭園を散歩するのもいいですし、他に何かやるにしても使用人たちに許可をとってやるようにしますから、ジェイド様は心配せずに職務をこなしてくださいね」

「…わかった」

アザレアにそう言われてしまえばジェイドはそれ以上何も言えない。

「……さすがアザレア様」

ジェイドの側近アランがぼそりと呟く。執事や使用人たちも、アザレアがジェイドと結婚してくれて本当に良かったと心から思うのであった。

ジェイドが仕事に出た後、アザレアは気分転換に何をするか、実はもう決めていた。

料理である。

意外にも、使用人たちはそれを快諾してくれた。

「フルーメンでは当たり前だったのですから、それはきっとよい気分転換になりましょう」

執事は言う。アザレアがフルーメン風の暮らしを続けられるようジェイドが取り計らっていたことも後押しとなったようだ。

「お料理であれば屋敷の中で話が片付きますから、何も問題はありませんね」

メイドの1人が思わずぼそりと零す。

「はい、わかりました、料理をしたことは屋敷の中の人たちだけの秘密ということにしますので」

王都の貴婦人たちは自ら料理をすることはない。それはアザレアとて分かっている。

「あ、そういう意味では…」

使用人たちの考えはこうだ。奥様が『外出』を希望されなくてよかった、と。ジェイドの過保護さからして、アザレアがそんなことを言い出せばとても面倒なことになるとわかりきっているからだ。

「屋敷の中で過ごされるなら護衛をつける必要がない、という意味でございますよ」

執事がそう言うと、鈍いアザレアは成程と納得したようだった。能天気なものである。

「では、何をお作りになりますか?」

「パウンドケーキです!本当は庭のベリーが実るまで待とうと思っていたのですが…待てませんでした」

そう無邪気に笑うアザレア。

「パウンドケーキの材料であれば今あるもので揃います」

料理長が言い、

「ではアザレア様、料理がしやすいようにお着換えを」

とベティがアザレアを連れて部屋に戻るのだった。

□■□

その夜。

「…というわけで、屋敷の皆さんのおかげで無事パウンドケーキを焼くことができました」

アザレアは嬉々として、夫にプレーンのパウンドケーキを一切れ差し出した。

ジェイドは目を丸くしている。まさか料理は想定外だったか、とアザレアは少しだけ肩をすくめた。

「そう…いえば、向こうに留学していた時、フルーメン領で祭りがあると義母上ははうえが沢山ケーキを焼いていたな…」

眉間に皺を寄せた難しい顔で、ぎこちなくジェイドが口を開く。

「幼い頃、ケーキに入れるためのベリーを一緒に摘みましたね…庭のベリーが実ったら、また一緒に摘みたいですね」

「ああ、それは勿論…!」

ジェイドの顔が一瞬明るく輝いて…そして、また難しい顔に戻ってしまった。

「あの…ジェイド様」

「アザレアもケーキを沢山焼いたのか?」

「はい、屋敷の皆さんのおかげでお料理ができましたので、少しずつになってしまいましたが皆さんにごちそうしました」

アザレアがそう言って笑うと、

「そうか」

と、ジェイドは少し寂し気な笑みを浮かべるのだった。

「何かまずかったのかしら…やっぱり侯爵夫人が料理するのは、はしたなかった?」

入浴を終えてアザレアがベティに尋ねると、ベティは首を捻った。

「奥様にフルーメン風の暮らしを、というのは侯爵様たってのお願いだったはずですが…それに家の中でおとなしく過ごしていてほしいのだったら、乗馬という提案は出ないと思います」

ベティの返事にアザレアは納得する。

「甘いパウンドケーキよりシチューの方がよかったのかしら」

「食べ物の好き嫌いはないとの認識ですが……わかりかねます」

寝巻をアザレアに着せながら、ベティはもう一度首を捻った。

夫婦の寝室にアザレアが向かうと、今日はジェイドが先にベッドに入って横になっていた。

「今度はジェイド様がお疲れなのですね」

そう言ってアザレアもベッドに入ると、ジェイドはアザレアに背を向けた。

「……今とても自己嫌悪しているところだ…自分で言いだしたことを覆すなんて、卑怯者のすることだ」

「自己嫌悪?あっ」

やっぱり料理はあまりよくなかったのだな、とアザレアは反省する。

「パウンドケーキはとても美味しかったのだが」

「も、申し訳ございません…フルーメンとここは違う、当たり前ですよね…ジェイド様の優しさに、甘えすぎました!」

アザレアは慌ててペコリと頭を下げるが、ジェイドは見ていない。

「美味しかったゆえに猶更ひどいことを考えてしまうのだ、フルーメンではそれが当たり前だったというのに」

「やっぱりお料理は禁止ですか…」

しゅん、とアザレアは肩を落とす。すると、ジェイドが振り返った。

「禁止?料理を禁止するつもりはないが…確かに王都の貴族では珍しいことだが、全くいないわけではない」

「え、そ、そうなんですか!?」

「流行を自ら作りたいご婦人は自ら厨房に立ち料理人たちに指示を飛ばし、新しい料理の開発に勤しんでいると聞いたことがある」

「そうなんですね…!あ、でもそれでは何故パウンドケーキに難しい顔をされていたのですか?」

するとジェイドは深い溜息をつき、ぼそりと口を開いた。

「その『流行』が問題なのだ……王都の若い女性たちの間で、『思い人に特別な菓子を贈る』ということが現在流行しているというのがな」

「……流行っていたんですか?」

案の定のアザレアの返しに、ジェイドは苦笑した。

「バターの需要が増えているから何故かと調べれば、自然と情報が入ってきてな……だが、何年か前の毛糸不足に、それから牛革の需要過多もあったか?アザレアの育ったフルーメンは、王都の流行の影響でたびたび迷惑を受けている」

「それは…」

「だから流行を追うのは馬鹿らしいと、話題の種にすぎないと自分にも使用人たちにも言い聞かせてきていたのだが……いざアザレアに菓子を贈られてみると嬉しかった、アザレアにそういう気はないとわかっていたのに」

「……申し訳ありません、フルーメンでは領民たちに料理を配っていましたので、その時と同じように作って配ることばかり考えていまして…」

アザレアが決まりが悪そうに答えると、ジェイドはまた溜息をついた。

「そう、それだ…私は自分から『流行りに流されるな』と言っていたし、『アザレアがフルーメンで暮らしていた時のようにのびのびと過ごせるようにしてほしい』と、屋敷の皆に伝えたんだ…だから屋敷の誰もアザレアに料理をさせることに疑問を持たなかったし、流行のことも教えなかった…それなのに、それを覆してアザレアの作った菓子を独り占めできなかったことを悔しく思っている」

「まあ」

「だからひどく自己嫌悪しているところだ」

そう言って、ジェイドは再びアザレアに背を向けた。

(困った人ね…私のお菓子を独り占めしたかったと言っても、先に食べた使用人たちを怒ったり理不尽に当たり散らしたりしたわけでもないのに…そこまで大げさに自己嫌悪しなくても)

アザレアは心の中で呟いた。こういう風に真面目に考えてしまうのはジェイドの癖である。ずっと難しい顔をしているのが当たり前になって、国の貴族たちどころか国王にまでそう認識されてしまうほどに。

だが、真面目が過ぎるゆえにそうなってしまうのだから、アザレアはそれが愛おしくもあった。

「ジェイド様」

アザレアはそっとジェイドの背中に身体を寄せた。

「アザレア…」

「若い女性の間で菓子を贈るのが流行っているのは、特別な人だとわかってもらいたいからでしょう…?きっと目的ではなく手段なのですよ」

「手段…」

「それなら、方法は他にもあります…」

「他にも…って」

「こうやって傍で眠ることでも、ジェイド様の心をお慰めすることでも、わかってもらえると思うのです…私たちは夫婦なのですから」

ジェイドを慰めるアザレアの穏やかな声。自分を肯定してくれる声。ジェイドにとってはそれが何よりも心地の良いものだった。

「アザレア!」

ジェイドが身体を反転させ、アザレアに覆いかぶさる。

「あ…」

「これも慰めの一つとして捉えても問題ないか?相変わらず無意識に煽ってくれる」

そう言ってジェイドはアザレアに口づけた。

「ん…」

アザレアはそれをきっかけに言葉を飲み込んだ。別に慰めでなくてもいつもこうやって夫婦の営みをしていると思うのだけれど、今それを言ってはいけない気がする、と。

明かりを消す余裕もないまま、ジェイドはアザレアの服を脱がせ始める。

「アザレアの柔らかい肌に触れていると、この上なく癒される」

「それは、よかったです…ん…くすぐったい…」

部屋が明るいため自分の胸元に赤い痣を刻んでいる夫の姿が丸見えで、恥ずかしくなったアザレアは身を捩った。

「アザレア…」

「明かり、消して……」

飾られた薔薇の花の色がはっきりと判るほどに、部屋は明るいままだった。

「……1回だけ慰めてもらったら、ちゃんと消す」

「恥ずかしいです!」

「……なら、下の方だけシーツで隠そう」

「顔を見られるだけでも、恥ずかしいです……」

そう言って顔を真っ赤にするアザレアを眺めるジェイドの表情が、幾分か和らぐ。ジェイドにとっては、これがニヤけてだらしなく緩んだ表情である。そしてアザレアは2か月の夫婦生活でそれをすっかり理解していた。

「可愛い…」

前を寛げて硬く大きくなったものを取り出し、アザレアの太腿に擦りつけながら、ジェイドはうっとりと言う。妻を恋い慕う気持ちが強すぎて、すっかり我慢ができなくなってしまった夫である。

「ジェイド、さま…」

普段の堅物はどこにいったのかしら、と思いつつも、アザレアは脚を開いて夫を受け入れる準備をする。ジェイドの指が花芯にそっと触れ、アザレアの身体がビクリと跳ねた。

「アザレアが私の特別ということが嬉しくて仕方がないんだ」

「…あ…」

「日に日に我慢がきかなくなっていく」

ジェイドが手を動かすたびにクチュクチュと水音がする。アザレアを感じさせるためというよりも、準備ができているか確かめるための余裕のない行為だ。

ジェイドが溢れ始めた蜜を掬い取り光の下に晒す。それを見て、再びアザレアの顔が真っ赤に染まった。

「あの、その、やめてください、やっぱり恥ずかしいです…」

「とても綺麗なのだが…」

少し残念そうにジェイドは呟くと、アザレアの腰を掴んだ。どうぞ、と言うようにアザレアは目を閉じる。焦らすことなどできるはずもないジェイドは、アザレアに甘えてそのまま先走りに濡れた先端を挿し込んだ。

「あ…!!」

「アザレア…」

「はふ…ぅ…んっ…」

結婚2か月、ほぼ毎日といっても過言ではないほど抱かれて慣れてきたアザレアは少しずつ自分の快感も求めるようになってきていた。腰を微かに揺らし、夫を奥へと導いてゆく。

「…」

ジェイドは黙っているが、これは気持ちが良すぎて何もできなくなっているに等しい。最愛の妻との行為ということで普段から余裕があるほうではないが、今日はさらに気持ちの余裕がなかった。

「ジェイド、さま」

「…ゆっくり動くぞ」

「……はい」

アザレアに触れているだけでも心が癒されるが、自分を奥まで受け入れて包み込んでくれるというこの行為ほど慰められることがあるだろうか。既にくだらない嫉妬心など消え失せてしまった。自分はアザレアとこんなことをしてもいい、『特別』な存在なのだ……その事実を実感することがジェイドをさらに昂らせていた。

このまま駆け上がってしまいたい気持ちを抑え込んだ穏やかな交わりの中、アザレアは内心もどかしかったが、まだねだる度胸はなくそれを大人しく受け入れていた。

しばらくの間そうしているうちに二人の身体は互いにすっかり馴染み、ジェイドはアザレアをゆっくり観察する余裕がようやく生まれた。

「アザレア」

「…ジェイドさまぁ…」

動いて、と言えないアザレアの甘い声。啼かせたいと思ってしまったジェイドは、アザレアの胸の頂を摘んだ。

「んうっ…!」

アザレアは今日初めて達し、ナカがきゅうきゅうと締まった。

「いい…」

思わず本音が漏れるジェイド。ランプの光が照らした妻の顔は頬が上気し、紫の瞳は濡れて、何よりも美しく愛らしかった。視覚的な刺激と、アザレアの絡みつく秘肉が与えてくれる触覚的な刺激が、ジェイドを再び興奮の渦に巻き込んでゆく。

「はぁ…ジェイド、さまぁ…」

「アザレア!」

甘い声で何度も名を呼ばれ、ジェイドはもう我慢できなかった。激しい抽送が始まり、ベッドがギシギシと音を立てる。

「あ、あ、やぁ…!」

アザレアは必死に夫にしがみつく。快感の波が押し寄せ、何度もアザレアは絶頂した。

「…っ」

ジェイドもむずむずと痺れるような感覚に限界が近いことを感じていた。挿れてから早く果ててしまうのは勿体ないし恥ずかしいが、今すぐに一番『特別』なことをしたかった。アザレアのナカで果てて、彼女の奥を自身の白濁で濡らし全部自分で染めてしまうという、夫の自分だけが許された『特別』なことを。

「あ、あ…はぁっ…!」

「アザレア、すまない…そろそろ出す」

「ジェイド、さまぁ…!!」

ジェイドは本能のままにアザレアの最奥にぐりぐりと先端を擦りつけると、そこで絶頂に達した。

「く…っ」

彼の分身がビクビクと痙攣し、びゅう、びゅうと断続的に熱い飛沫がアザレアのナカに放たれる。

「ああっ……!!」

一番大きい快楽の波が訪れたアザレアは鮮やかに体を反らせた。

「……ぐっ…」

抑え込んでいた分、ジェイドの絶頂は長い。まるで次から次へと熱が湧き出してくるようだとジェイドは頭の片隅で思う。

長い長い絶頂の果てに、やがて二人して燃え尽きたようにベッドへと崩れ落ちた。

「…ジェイド様」

「アザレア…」

二人は力が抜けてしまっていたが、抱き合い体温を分け合っていた。暫くしてジェイドがアザレアの中から出て行った。ゴポリと音を立てて白濁が溢れ出る。いつもより量が多い気がして、ジェイドはかなり気持ちよかったのだろうなとアザレアは頬を赤らめた。

「ジェイド様」

「すまない、今日も我慢できなかった…」

「いえ…」

理性で押し込めたような抱き方よりもジェイドが喜んでくれる方がアザレアは嬉しいので、今日のような営みは好きだった。

「…約束通り、1回慰めてもらったから明かりを消そう」

「…はい」

アザレアが頷くと同時に、ランプの灯が消える。

やがて暗がりに目が慣れたアザレアが眠ろうとして夫の腕にしがみつくと、

「次はいつも通り暗くしてからだな」

と、ジェイドはもう一度挿れるタイミングを伺うかの如く、アザレアの腰をさすり始める。アザレアのお腹に押し当てられた彼の分身は再び硬度を増し始め、あれだけ激しく交わった後なのにまだ満足していないことをアザレアに告げた。

「あ…やっぱり、1回だけってそういう意味だったんですね…」

一晩に1回で終わらないことも珍しくないので、アザレアは抵抗することはない。

「……菓子くらいしか『特別』を確認する方法がない人たちを気の毒に思うくらいには、私は幸せ者だな」

恋焦がれた相手を妻にしたのだから、とジェイドは呟く。

「幸せ者、ですか」

アザレアもまた嬉しくなって、そのまま夫を受け入れてしまうのであった。

□■□

翌朝、日が明けきらない時間。

(シーツぐちゃぐちゃ…ドロドロだから、お風呂も入り直さなきゃ…)

目を覚ましたアザレアはだるい身体を動かそうとしたが、どうやら無理そうであった。

いつもは2回までで止めるが昨夜は3回目まで突入して、アザレアが受け止めきれなくなって溢れ出すほど大量に注ぎ込んだジェイド。それだけしてようやく満足したようで、ジェイドはアザレアを抱きしめて幸せそうに眠っている。

それを見たアザレアは、疲れていて頭が回らないということもあり、ジェイドが幸せな気持ちになったのならまあいいか、と思った。

(でも、何が原因でジェイド様をこんな方法で慰めることになるかわからないから…何か新しいことをやるときは注意しないとね…)

そう考えながら、再び眠りの中に落ちていくアザレアだった。

なお、ジェイドはこの通り面倒な性格をしているので、今後も数えきれないほどジェイドは小さな何かをきっかけとして落ち込んでしまい、その度にアザレアは『あなたは特別ですよ』と慰める羽目になるのであった。