あくのみかた?

 

「おかえりなさい、あなた」

今日もカリナは笑顔で夫を出迎えた。

「ただいま」

帰ってきたのは、顔に傷のある、美しくも恐ろしい雰囲気を纏った青年であった。

 

カリナの夫・アウロは舞台俳優である。

演技力は申し分ないが、顔が怖い。綺麗な顔をしているからこそ、顔に走る大きな傷跡が見る者を威圧していた。元から冷たい印象を与えがちであったアウロだが、学生の頃に遭った倒木事故で顔に傷が残り、完全に「悪人顔」になってしまったのだ。

故に、彼に回ってくるのはわかりやすい悪役ばかりだった。犯罪者に暴君、卑怯者、など……。暗い色の衣装を纏い、高笑いをすれば観客は怯え、あるいは倒してやりたいと歯ぎしりをするような、そんな悪役を演じることに長けていた。

 

「今日は10人近くの子供に泣かれた、いつもより多かった」

と、アウロは愚痴る。

アウロはここ2年ほど子供向け…いわゆる勧善懲悪のヒーローもの…の舞台で、悪のボスを演じ続けていた。その完璧な演技に演劇界からの評価は高まるばかりだが、人気俳優と言っていいものかは疑問が残る。まだ現実とお芝居の区別がついていないような小さな子供を相手にしているからだ。アウロを本当に悪人だと信じ込んだ子供たちには、本気で泣かれ、罵られる。子供たちはもちろん、劇を卒業した若者たちにも黄色い歓声を浴びる美形のヒーロー役とは真逆である。

「子供に恐がられるのは悪役の勲章ですわ」

カリナはそう言って微笑む。それは一番アウロ本人がよくわかっているだろう。だが、傷つかないかどうかは別の話。

そんな、本当は繊細な彼を癒すのが、カリナしかできない役目だ。

 

「カリナ」

食事を摂ることもせず、アウロはカリナを抱き上げてソファーへと連れていく。そして、唇を重ねた。

「あら」

カリナは驚くこともなく、なすがままになっている。

「ここでだけだ、こんなに甘えるのは」

「ふふっ、皆が驚いてしまいますものね…私が悪役に相応しい悪女の見た目をしていたなら、話は違っていたのでしょうが」

「君が悪女を演じれば人前で添っていてもおかしくはないと?……似合わないな」

「はい、私にはあなたと違って演技の才能はありませんから、せいぜい悪の味方をするくらいしかできませんね」

「悪の味方か……カリナが待っているこの家がなかったらと思うと、ぞっとする…」

想像したのか、アウロの顔が厳しくなる。誰もが逃げ出すような怖い顔だが、カリナはほわほわと笑っている。

カリナは学生の頃から先輩にあたるアウロと相思相愛で、彼が事故に遭う前のことも知っている。一流の俳優になるために努力を続けてきた彼を一番近くで見てきたのだ。そんな中での事故。あれだけの傷を負って命があっただけでも良しとしなければいけない、傷が残っても劇団が契約を反故にしなかったことはとてもありがたいことだ、それでも顔の傷は彼の役の幅を狭めることになってしまった…。そのことはとても悔しいけれど、傷は彼に悪役という天職を与えてくれたものでもある。カリナにとっては、彼の傷も愛おしかった。

「あなた」

体勢が入れ替わり、今度はカリナからキスが落とされた。

「カリナ…」

「大好き、あなた」

「……俺もだ」

アウロの表情が柔らかくなる。これは、心から喜んでいるときの顔だ。

「嬉しいですわ」

カリナはそう言って笑った。

 

そのまま、流れで夫婦の睦み合いが始まる。結婚から1年以上、付き合い始めてからは5年以上経っているが二人に漂う甘い空気は変わらない。

「はあ…カリナ…」

熱杭を愛妻に沈めながら、アウロは恍惚の表情で名を呼ぶ。

「あなた…」

カリナはそんな夫に見惚れ、嬉しそうに瞳を潤ませる。

「もっと、もっと欲しい…」

あの悪役俳優が家だと妻に骨抜きにされているだなんて、誰も知らないし知ろうともしなかった。これからも二人だけの秘密でよいとアウロは思う。

「あ、あっ、あな、た…」

次第に激しくなる行為にカリナの声が高くなる。

「カリナ…今日こそ、当たるといいな」

アウロが呟くように言う。

「ん……」

カリナはコクコクと頷いた。

激しく揺さぶって二人で上り詰め、果てた後もアウロはカリナから離れずにいる。

実は結婚から8ヶ月ほど、アウロはカリナが妊娠する確率の高い日を避けていた。自分の子供にまで怖いと泣かれたら立ち直れないと……だが多かれ少なかれ父親は泣かれるものだとカリナは言い、あなたの血を引く子供を抱きたいのだと伝え続けた。そうしているうちにアウロが折れた。いや、そのはずだったのだが、今となってはむしろアウロはこのように愛妻に熱情をどんどん注ぎ、お腹に命を宿そうとしている。愛しい人の血を引く子供が欲しい気持ちは、アウロも同じなのだ。

「あなた……赤ちゃんが来てくれるといいですね…」

カリナはお腹を撫でながら呟く。

「カリナに似た可愛い子が欲しい」

「ふふ、じゃあ、あなたに似たら美しい子になりますね」

「……カリナには俺がどう見えているんだ」

「お言葉ですが、学生時代あなたは相当人気がありましたよ?」

「どうだか、傷ができる前から怖がられていた気がするが…怖がらず私の練習を見届けてくれていたのはカリナくらいだ」

「それは、あなたがとても真面目で、とっつきにくかったからですよ」

「……まあ、この傷は後天的なものだ、子供に受け継がれないことには安堵しているが」

自虐的に言うアウロの頬に、

「あなたは傷があってもなくても素敵ですよ」

カリナは優しく唇を触れさせる。

「あまり煽ると2回目をするぞ、今度はベッドでな」

「あら」

アウロはカリナを抱き上げると、寝室へと消えるのだった。

 

こうして間もなく二人は子供を授かり、アウロは表では悪役、家ではデレデレパパという二面を使い分けることになったのだが……子供が生まれて半年もしないうちに、三股交際というスキャンダルで舞台のヒーロー役が交代することになるという事件が起こる。とばっちりで悪役のアウロが真逆の私生活を送っていると注目され、裏の顔が世間にバレることになるのであった。