ジェイドは普段真面目を絵に描いたような男だが、妻アザレアに関しては何かとおかしくなる。
例えば、アザレアが「ピンクの薔薇が好き」と言おうものならそれを大量に取り寄せるし、「子供の服を作りたい」と言おうものなら最新式のミシンを取り寄せる。仮にアザレアが新しい宝石やドレスを好む贅沢好きであったなら、侯爵家の財政は傾いていただろう。尤も、現実のアザレアはそんなことは思いつきもしないような純粋な娘で、だからこそジェイドがベタ惚れしているのだが。
そんな風にアザレアを溺愛するジェイド本人は「自分の我儘をアザレアに聞いてもらっている」と思っている。意味もなく抱き寄せたり、用事もないのに部屋に押しかけたり……要は自分がアザレアの時間を奪っている、と。つまり、次から次へと出てくる贈り物はせめてものお詫びなのだ。このままではよくないと思ってはいるものの、『ジェイドさま』と笑顔で呼びかけられれば我慢できるはずもなく…仕事の前と後のハグと口づけはもはや日課となっているし、夫婦の寝室だけでなくアザレアの自室にまでジェイドが休むための枕が置かれている始末である。
一応自覚症状があり自制しようとはしているジェイドだが、それでもどうしても我慢できないのが夜の生活である。ベタ惚れゆえに二人きりになるとどうしてもスキンシップが過度になり、流れ流されて、いつの間にやら最後まで行き着いてしまうのだ。しかし、欲を吐き出すよりも体の繋がりを求めてアザレアに触れるところは、まさに『恋』だ。ジェイドは幼い頃からずっと、アザレアに恋をし続けているのである。
「ふぁ…」
昼食後の穏やかな時間、アザレアは眠そうに欠伸をした。
「アザレア様、少しお休みになられますか」
アザレアの侍女にして乳姉妹のケイトが心配そうに声をかけた。
「大丈夫よ」
「ですが…お疲れのようですし」
「ジェイドさまは今もお仕事をされているのよ、私だけのんびりお昼寝なんてできないわ」
そう言ってアザレアは刺繍を始めるが、やはり眠そうである。
「侯爵様は昼は働き詰めで夜更かしまでされて、いつお休みになっているのかしら…」
ケイトは思わず呟く。夜更かしというのは、まあ言うまでもなくそういうコトである。
すると、
「ふふ、その代わり一度寝ると起きないんですよ、ジェイドさまは」
そう言ってアザレアはクスクス笑うのだ。
「はあ…」
惚気ているうちは問題ないか、心配して損したと、ケイトは溜息をついた。付き合いが長いので知っているが、アザレアはおっとりしているように見えてなかなか強いのだ。つまり、アザレアはこの状況を悪くないと思っているということである。
□■□
その夜も、ジェイドとアザレアは一緒に寝室に入った。
「フリントは寝たか?」
「はい、乳母によると今日は特に寝付きがよかったようで」
「昼間にたくさん動いたのだな」
「庭師さんたちの後について走り回っていましたわ」
「そうか」
「ふふ…」
可愛い我が子について確認を終えると、二人はベッドにゆっくりと倒れ込む。
「アザレア…」
「ジェイドさま」
夫は少しだけ熱の篭った声で、妻は甘く優しい声で相手を呼ぶ。そして、ゆっくりと唇を重ねた。
「今日も…」
抱くからな、と最後までは言わず、ジェイドはするするとアザレアの薄い夜着を脱がせ始める。
「やっ…」
数え切れないほど夫と夜を過ごしても、アザレアはいつも初々しく声を上げる。嫡男を産んだとはいえまだ二十歳そこそこの若い娘なのだ。しかし身体の方は夫婦生活にすっかり馴染んでいる。夫が愛おしそうに太腿に手を這わせれば、すぐに彼を受け入れる準備が整ってゆく。
「……」
ジェイドはそのことを敢えて口にはせず、愛撫する場所を胸へと移した。結婚したばかりの頃は浮かれるに浮かれまくっていたのでがっついていたジェイドだが、子供を授かったことで精神的に落ち着いてきた。アザレアが起きられなくなる程に激しく求めることはそこまで多くはない……まあ、職務の都合でアザレアと離れて過ごすという事態が発生しない限り、だが。
「ジェイドさま、キスをください」
「ああ」
アザレアの可愛いおねだりにジェイドは目を細め、何度でも口づけを落とす。
「ジェイドさまぁ」
「ああ…好きだ、アザレア…」
幸せに浸りながらジェイドはアザレアの泥濘に自身を埋めてゆく。幼い頃からアザレア一筋、初夜で暴走したほど不慣れだった彼だが、今は前よりも持つ……もとい、ゆっくり愛し合うことができるようになった。妻との大切な時間を身に染み込ませるが如く、奥をじっくり擦るように動く。
「あ、ん、うぅ…」
アザレアは与えられる快感に弱く、夫にしがみついてやり過ごす。紫の瞳が潤み、涙が零れ落ちそうだ。そんな愛らしい妻の姿を見て、思わずにやけそうになるジェイド。幸せ、と顔に書いてある。
「向き、変えようか」
「え、あ…」
一度ジェイドはアザレアの中から出ると、後ろから寄り添うようにアザレアを抱きしめて挿入した。
「少しでも長く、ここに入ってたいからな」
「ジェイドさま…あの…」
「どうした?」
アザレアは夫のものが入っているお腹を撫でながら、不安そうに尋ねる。
「ジェイドさまが気持ちよくなるまで前よりも時間がかかっていると思いますが…前よりも私の身体は気持ちよくないでしょうか?」
「なっ、そ、そんなわけが」
アザレアの疑問はジェイドからすればとんでもない話である。余裕が出来たというのはあくまで当人比、百戦錬磨の遊び人とは訳が違うのだ。唯一無二の相手なのがベタ惚れしているアザレアなので、このままスピードアップすると嬉しさ余りにあっという間に上り詰めて出てしまうのだ。
しかしアザレアの場合、行為が長ければ満足するというわけでもなさそうで、
「長くするのも良いですが、ジェイドさまが私で気持ちよくなってくださるのが嬉しいんです…」
などと呟いている。アザレアにとっては、ジェイドが喜ぶことが一番嬉しいのだ。健気なのか、それとも夫を甘やかすのが癖になっているのかはわからないが。
「アザレア、だが…」
「それに、このまま背中側にいらっしゃるとジェイドさまのお顔を見られませんし、キスもできませんから」
「…ああ」
結局アザレアの言うことに弱いジェイド。すぐに体位を元に戻し、顔の見える状態で三度繋がった。
「ジェイドさま、気持ちいいですか?」
「これだと良すぎて…あまり持ちそうにないのだが」
出し入れの刺激がいつの間にかジェイドを追い詰め…我慢できなくなってきたジェイドは、腰を動かし始める。もっと長い時間ゆるゆると繋がっていたかったのに、結局いつもこうだとジェイドは自嘲する。(それでも昔よりは大分マシではある、アザレアを満足させる前に暴発しなくなったのだから。)
「あ、ジェイドさま…あっ」
夫のものが奥の敏感な場所に届き、妻は甘い悲鳴を上げる。
「アザレア……!」
動きが次第に激しくなってゆき、ベッドがギシギシと音を立てる。
「あ、はっ、あ…」
アザレアもされるがままではなく、腰を揺らして夫の動きに合わせようとする。結構して僅か数年でアザレアはジェイドの気持ちいいことを知っていたし、ジェイドもアザレアの善いところを知っていた。このまま何年も、ずっと連れ添えばどうなるのだろう。知らない境地に達するのかもしれない。
ジェイドがふと体を起こすと、アザレアはとろんとした目で、自分の腹の上から愛おしそうにジェイドのものを撫でた。
「あまり煽るな…」
「だって…幸せなんです…ジェイドさまがこうしてくださるの…」
「っ、もうそろそろ…」
それに興奮したジェイドは完全に陥落し、フィニッシュに向けて動きを激しくする。
「や、あっ、ジェ、イドさま、あっ」
切れ切れの声でアザレアは夫の名を呼び、キスを強請った。
「ん」
ジェイドは噛み付くようにアザレアに口付ける。
「ーーっ」
精神的な悦びが快楽と混じりあってアザレアを絡め取る。達したアザレアは体を痙攣させ、ぎゅうぎゅうと夫のものを締め付けた。
「ぐ…っ!」
ジェイドも今度は快感の波に逆らうことなくアザレアの最奥部で絶頂を迎えた。吐精はなかなか終わらず、白濁が愛しい妻のナカを満たしてゆく。二人で上り詰めたあとは、二人で沈んでいった。
「ジェイドさま…」
余韻に浸る中、声を上げたのはアザレアの方だった。
「ん…」
「ジェイドさま」
何度も、幸せそうに夫の名を呼ぶアザレア。
「アザレアはどこまで私を虜にするんだ」
繋がったまま、ジェイドはアザレアの頬を撫でる。アザレアは嬉しそうに自らの手を添えた。
「…もう眠りますか?」
「いや…もう少しこのままで」
浮かれていた頃は続けざまに二度三度と求めたこともあったジェイドだが、今は一度終わるとアザレアとこうして緩やかに戯れる方が多い。
「では、お話をしましょうか…愚痴も聞きますよ?」
クスクスと笑うアザレアに、
「今ここで他の者の話はしたくないな」
とジェイドも笑った。
こうして二人は深く触れ合ったまま、夜更かしをする。二人の長い夜はむしろここから。このまま語り合ううちに抜けて終わってしまうこともあれば、一度目よりも緩く穏やかに二度目の行為が始まることもある。その日の流れに身を任せて、二人漂うのだ。
それが夫婦の、何でもない夜である。
□■□
次の日。アザレアはジェイドより先に目を覚まし、ジェイドの寝顔を見つめていた。
ジェイドの眠りは深いようで、アザレアがその額を撫でても目覚めることはない。時間が来れば起きるのだが。昼に眠くなるくせにアザレアが早起きするのは、夫の寝顔を見るためだった。
「…」
静かな寝息を立てるジェイド。それでもアザレアを抱きしめる手は離さない。
(ジェイドさま……ふふ、可愛い)
アザレアは紫の瞳を細めた。真面目堅物侯爵をそんな風に思えるのはアザレアくらいである。やたら相手に甘いのは、アザレアも同じ。ジェイドとアザレアはある意味似た者夫婦なのだ。
とまあ、このように仲睦まじい二人のことなので、フリントが3歳を迎える前にジェイドとアザレアは第2子を授かるのであった。