蜂蜜酒は媚薬?偽薬?

「ジェイドさま、これはなんですか?」
ワインボトルより少し小さいそのガラス瓶を手にして、アザレアは首を傾げる。中には淡い黄色の液体が入っているようだ。
「酒だ…」
そう答えるジェイドは、今日も難しい顔をしていた。

「旦那様が仲介した商談がまとまったお礼にと送られてきたものでして…甘くて飲みやすいので奥方様にぜひ、とのことです」
ジェイドの側近・アランが情報を付け加える。
「まあ」
それを聞いたアザレアは嬉しそうに瞳を輝かせた。結婚してひと月、成人してあまり日の経っていない彼女にとって、お酒というものはまだまだ『大人の嗜み』であり『憧れ』なのだ。
「…」
一方で新婚の妻にベタ惚れの夫・ジェイドにとっては、仕事上の付き合いにすぎない相手が義理でよこした品物であっても『自分の妻に他の男が贈り物をした』ことには変わりないらしく、面白いものではなかったようだ。妻の喜ぶ顔を見て、眉間の皺が一層深くなった。
しかし、
「ジェイドさまは甘いものは平気なのですよね」
「好き嫌いはない」
「では、一緒にいただきましょう」
「…ああ」
にっこりと笑うアザレアの前に、あっさりと陥落するのであった。

□■□

夫婦の寝室に隣接したアザレアの私室にて、二人は乾杯することにした。
「眺めるだけでもとても綺麗ですね」
「ああ…」
繰り返しになるがジェイドは妻にベタ惚れなので、私室に入るだけでもそわそわと落ち着かない。アザレアが実家から持ち込んだ私物のひとつひとつすら可愛らしく見えるのだ。
「甘いお酒とのことですが、何のお酒なのですか?果実酒ですか?」
アザレアが無邪気に尋ねる。
「蜂蜜酒だが」
可愛いと叫びたい心の声を抑えつつジェイドが答える。
すると、

「蜂蜜酒…!?」

と、アザレアの目が丸くなった。

「…どうした?蜂蜜酒がどうかしたのか?」
「あ、いえ…その…」
酒の種類を聞いた途端、明らかにアザレアはあたふたして様子がおかしい。
「何か問題があったか?」
心配したジェイドが尋ねると、アザレアは
「商人の方はフルーメンには関係のない方なのですよね…?」
と、一見脈絡のないことを聞き返してきた。
「?関係ないはずだが…まさかフルーメンでは蜂蜜酒は禁忌か?」
ジェイドが尋ねると、アザレアは少しほっとした顔で答えた。

「あ、いえ……フルーメンの、少し上の世代の方では…蜂蜜酒を夫婦で飲むと子宝を授かるという言い伝えがありまして…」
「!!」
それを聞いて、今度はジェイドの顔が一気に赤くなる。
「なので、早く侯爵家の子を産めという意味なのかなと思いまして…でもフルーメンに関係のない方なのであれば、偶然ですね」
「子宝…」
「あ、授かってほしくないというわけではないのですよ!ただあまり期待されてしまうと、その…お答えできるかわかりませんので」
愛する夫だけしか聞いていないからと、アザレアは本音を零す。少し頬を染めて、恥じらいながら。正直ジェイドからすると煽られているようにしか感じなかった。

「上の世代ということは、迷信だという認識はあるのだな」
「はい、父が言うには、女王蜂がとても多産だからそのような話が生まれたのだろうとのことです」
「…その通りだな」
「私の故郷フルーメンは養蜂も盛んですから、蜂の巣を見る機会も多いですし…田舎ですからね」
アザレアはそう言って笑った。
「田舎だからどうということはない、似たような話はどこにでもあるだろう…例えば私たちの結婚を記念して植えられたオレンジの木、あれもそうだ」
「あ、そうなんですね…さすがジェイドさま、物知りです」
「…」
冷静を装うジェイドだが、アザレアに妊娠出産の話をされると気が気でない。
子供の時からずっと妻にしたいと望んできたアザレアを、(隙だらけの作戦で囲い込んで)ようやく妻にしたのだ。がっついていると思われたくなくて、負担をかけたくなくて、必死に手加減をしてきたのだ。
…古いしきたりでは、蜜月だからと寝室に閉じ込めて、昼夜問わず『子供ができるようなこと』をしてもおかしくないような時期なのに。

「では、甘くて美味しいお酒をいただきましょうか」
アザレアは手際よくグラスを取り出すと、蜂蜜酒を注いだ。
それはワインよりもとろみがあり、淡い黄金色に輝いている。
「ああ」
軽くグラスを合わせ、二人は酒を口に運んだ。

□■□

数刻後。

「おいしかったですね~」
酔っ払ったアザレアが、ジェイドにしなだれかかっている。
贈られた蜂蜜酒は、思ったより度数の強い酒だったのだ。
(危なかった、こんなものを人前で飲まれたら大変なことになるところだった……)
子宝を授かる酒という迷信がアザレアの頭に残っていたからこそ人前で飲むのを避けたのであれば、結果的に助けられたことになる。…いや、甘くて飲みやすい酒で妻を酔わせてどうこうしろ…ということで、つまり迷信ではなかったということなのかもしれない。そういえば蜂蜜には滋養強壮作用があるのだ……民間療法レベルの話ではあるが。
「ジェイドさま、ジェイドさま」
「アザレア、酔っているな…もう休もう」
「優しい…素敵な旦那様…」
アザレアはとろんとした目でジェイドを見つめている。頬は上気し、まるで恋に浮かされた乙女のようだ。普段のアザレアは良くも悪くも落ち着いていて肝が据わっているから、このように可愛らしく甘えてくることなど滅多にない。ジェイドからすれば思ってもみないことだった。
(酒、酒のせいだ!)
ジェイドは必死に自分にそう言い聞かせながら、酔った妻を抱えて寝室に向かった。

ジェイドが寝室の広いベッドにアザレアを下ろすと、アザレアはジェイドの服の裾を掴み強請る。
「ジェイドさま…一緒にいてくださいね」
「アザレア…」
「おかしいんです…蜂蜜酒が子宝の薬というのは迷信だと、わかっているはずなのに…なんだか…」
偽薬は偽薬と説明されていても効くことがあるというが、今のアザレアはまさにそれであった。
「暗示のようなものだ、気にするな」
「でも、ジェイドさま…私…」
純粋培養のアザレアは夫の誘い方がわからず、もじもじとジェイドの裾を引いては元に戻している。
だが、ジェイドは生憎悲観主義であった。
欲望に任せてアザレアを抱くのは簡単だが、これだけ酔っていたら途中で寝落ちしてしまうということは目に見えていた。
「ジェイドさま」
「明日の朝に倍にして返すから、覚悟しておくように」
「はい…」
ジェイドに頭を撫でられたアザレアの瞳は、さらにとろんとしてくる。どうやら眠気が出てきたようだ。
(ほら、思った通りだ)
ジェイドは理性を総動員して、アザレアを寝かしつけにかかるのだった。

□■□

「はっ…」
アザレアが目を覚ましたのはまだ日が昇る前だった。
「起きたか?アザレア」
寝ずにアザレアを見守っていた…否、眠ることができなかったジェイドは、優しくアザレアに語り掛ける。
「あ、ええと……あ!!」
夫の顔を見て昨夜のことを思い出したアザレアは、頬を真っ赤に染めた。
「覚えているのか?」
「あ、あの…申し訳ございません、昨夜ははしたないところを…」
「気にするな、俺たちは夫婦なのだから」
こう言って器の大きい夫を演じているジェイドだったが、もう正直限界だった。アザレアは眠っていても離れないし、それどころかしがみついて体を寄せてくる始末。太腿を敏感なところに押し当てられてすりすりと動かされたときには、正直痛くなるほど反応してしまってそのまま欲望に流されてしまおうと思うほどだった。
「真面目なジェイドさまは、酔っ払いはお嫌いかと思いました」
「…アザレアであれば、その限りではない…」
「まあ…」
「…だが、人前で酔ってくれるな」
「わかりました」
コクンと頷くアザレアに、『これだけ頑張って我慢したのだからご褒美をくれ』と本当は言いたいジェイド。
「…アザレア」
だが、
「ジェイドさまはやっぱり優しい……私、ジェイドさまのこと、大好きです」
その最後の一撃で、完全に彼の理性は吹っ飛んだ。

「アザレア…!」
「あっ」
ベッドの上、圧し掛かられればさすがにアザレアも今の事態がどういうことなのかに気づく。
「昨夜のことは覚えているか」
「ええと…はい、大まかには…」
「覚悟するよう言ったことは」
「……覚えています」
「なら話は早い」
ジェイドはもう我慢できなかった。何度も言うが彼はアザレアにベタ惚れなのだ。ベタ惚れだから酔っ払った彼女に運動させて体調を崩してはまずいと手を出さなかったのだが、その心配がなくなればベタ惚れだから我慢ができない。必死に格好つけているが、分身は再び痛く張り詰めてアザレアの中に納まることをひたすら求めている。
「ジェイドさま…」
アザレアは恥ずかしがりながらも、抵抗せずおとなしく脱がされていった。
「…」
余裕のないジェイドはじっくりとアザレアを愛でて堪能することができない。だが悲しいかな余裕がないのは珍しいことではない。堅物として知れ渡る彼は当然ながら結婚するまで経験がなく、その結婚相手アザレアは拗らせた初恋の相手なのだから、必死に気を付けなければ少年のようにがっついてしまうのだ。
それでもジェイドは頭はいいので、ひと月に積み重ねた経験を無駄にはしていなかった。
「あ…!」
そのひと月の間に見つけ出した敏感な場所をピンポイントで攻めてくる夫に、アザレアはおとなしく身を任せた。
「アザレア、いいか」
胸の膨らみを弄りながら、ジェイドは尋ねる。窮屈な服から解放された彼の分身は我慢しすぎて涎を垂らしていた。
「ジェイド、さま…」
「…」
アザレアが夫を受け入れるように脚を開くと、すぐさまズプリと先端が埋められる。
「あっ」
鋭い刺激にアザレアの腰が浮く。ジェイドはその腰を掴んで、深く深く自身を沈めてゆく。
「…」
ジェイドの喉から声にならない溜息が漏れる。酔っ払って甘えてくる妻を目の前にして、これをどれだけ待ち望んだことだろう。奥を衝いてアザレアを可愛い声で啼かせたい。脚を絡めてくるほど夢中にさせたい。でも生憎そんな余裕はない。お預けを一晩食らったのだから、溜まるに溜まった欲望をアザレアに受け止めてほしかった。
「あ、あ…」
アザレアは必死に息を吸い込みながら、夫のものを呑み込んでゆく。
最中、ふと目が合った。
「アザレア…」
「ジェイド、さまぁ…」
蕩けた瞳が、昨日の酔っ払ったアザレアの瞳と重なる。やはり、他の男に見せるわけにはいかない、こんなに最中の瞳と似ているのだから…と、ジェイドは思う。
「あまり…煽らないでくれ」
「ごめんなさ…」
「アザレアは悪くない…我慢できない、俺が悪い!」
ジェイドはアザレアに謝るように口づけると、ガツガツと腰を打ちつけ始めた。
「あ、あ、あ…!!」
アザレアの高い声が甘く部屋に響き、ベッドのスプリングが音を立てる。
(アザレア、いつもより…感じてるのか…?)
余裕がない中でも、ジェイドはアザレアの変調を感じ取る。まさか、蜂蜜酒の暗示がまだ効いているとは思えないのだが。それとも、いつもと違う時間帯なのが刺激になっているのか。
「ジェイド、さ、まあ」
「…!」
先端をむずむずするような痺れが駆け抜け、ジェイドは波をやりすごす。情けないがとっくに限界だった。そのままアザレアと共に絶頂に駆け上がる道を選ぶ。
「あ、あ…!!」
弱いところを突かれたアザレアは、目の前に火花が飛び、お腹の奥がきゅうと疼いた。
「……っ」
そろそろ出す、などと言う間もなくジェイドも少し遅れて達し、愛する妻の最奥へと精を吐き出し始める。
「は、あっ…」
「…」
我慢していただけ絶頂は長く、なかなか終わらない。
「はー、はー…」
繰り返し訪れる快楽の波にぴくぴくと体を震わせながらも、アザレアはジェイドにしがみついて離れようとしない。
「…はぁ」
その様子にようやくジェイドは心が満たされ、溜息をひとつ吐いた。

波が引いても二人はきつく抱きしめ合い、繋がったまま離れなかった。
「アザレア」
ジェイドが名を呼ぶと、
「はぁい…」
酒はすっかり抜けているというのに、アザレアは酔ったときのように甘い声で返事をした。ジェイドがアザレアの頬を撫でれば、その手にアザレアは
そんな妻の可愛い様子を見ていると、精神的に満足したとはいえやはりというか、ジェイドは1回では終われなかったらしい。
「もう1回…いいか」
妻の答えを聞く前からジェイドの分身は再び硬さを取り戻し始めている。
「あ……私は構わないんですけど…起きられなくなっちゃいます、よ」
困ったように眉を下げるアザレアに、ジェイドは返す。
「問題ない…昨夜のうちに、『起こすな』と書いた手紙をドアの下から差し出しておいたからな」
「は、はい…」
今回の場合、ジェイドには準備する時間が十分にあったのだ。
再びベッドが音を立て始めるまで、そう時間はかからなかった。

□■□

アザレアが解放されたのはすっかり日が昇ってからであった。
何時間も我慢させられたジェイドはその分止まらなくなり、ようやく落ち着いたのは3回目の精をアザレアの奥に放った後だった。

二人は再び夢の中に舞い戻り、目を覚ましたのは昼過ぎ。
使用人たちはきちんとわきまえているので、起きてきた二人にいつも通りの挨拶をして、淡々と身だしなみを整えた。新婚だからそういうものだと思われているフシはあるが。

(蜂蜜酒って本当に効くんだわ…迷信だと思っていたのに…いつもよりも回数が多かったし、あんなに沢山出してくれたから、本当に赤ちゃんができるかもしれない)
アザレアは、蜂蜜酒は自分にも効いたがジェイドにも効いたと勘違いしていた。要はいつものジェイドが手加減して我慢して一晩2回までに抑えてくれているということがわかっていないのだ。

こうして『蜂蜜酒は迷信ではない』と思い込んでしまったアザレアは、これから飲むときは気を付けようと考えるのだった。