夫婦が転生ではなく記憶をコピペされた場合のお話。
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「うわ…キツいわ…」
前世の記憶を取り戻した第一声は、それであった。
ゲームの世界に転生して前世の知識で無双する、という展開がベタであることはさすがの私も知っている。まさか自分がそうなるとは思ってもいなかったが。
ただ、自分が転生したゲームは、乙女ゲームでもなければロールプレイングゲームでもない。なんと、幼児向けアプリゲームなのだ。
キッズ向けタブレットを購入した時にプリインストールされていたパズルゲーム、『レインボーフラワーファンタジー』。対象年齢は5歳。日曜朝の魔法少女ものを連想させる可愛らしい絵柄と、低い難易度が特徴だ。主人公はお助けキャラにヒントをもらいながら、パズルのステージをクリアしていく。ストーリーも単純で、敵の魔物によって悪い魔法にかけられた花たちを助けていくというもの。
そして自分が転生したのは、その『レインボーフラワーファンタジー』の主人公で魔法少女、花の王国のお姫様…女児の憧れを詰め込んだ女の子、アイリスなのである。
だがよく考えてみてほしい。前世の私はキッズ向けタブレットを購入し、このゲームの存在もよく知っていたという意味を。
つまり前世の私は子持ちだった。前世の私の名前も、どこの誰だったかも、いつどのように亡くなったかも思い出せないが、とりあえず魔法少女なんてやっていられないような年齢だったということである。
しかし、ゲームとして見れば単純明快だったストーリーも、今の私…アイリスからすると現実の世界だ。確かに花の王国は魔物の侵攻を受け、国王である父の命令を受けた私は魔法の力で各地を浄化して回った。敵の力が強く部下たちの力を借りなければいけないときもあったし、魔力が足りなくなって倒れたこともある。ゲームでは描写されていない、この世界の裏の顔といったところだ。
(よかった…記憶が戻ったのはゲームクリア後で)
私はひとつ溜息をついた。朧げとはいえ子持ちママの記憶を取り戻して魔法少女をやるのがキツいというのもあるが、5歳児向けの超健全フィルターによって苦労や痛みをなかったことにされていると思うと、やりきれないものがあった。自分たちの生活を脅かす魔物も、フィルターを通せば可愛らしくコミカルになってしまっているのだ。正直、冒涜されているような気もしないでもない。
(今は…『2』の時間軸よね)
私は窓の外を見た。
『レインボーフラワーファンタジー』はその可愛らしいデザインからマイナーではあるが根強いファンがおり、続編がリリースされている。ゲームのルールや難易度は変わっておらず、キャラクターが変わっているだけなのだが。
今の主人公は、私の妹であるプリムラ。彼女が主人公として魔物を倒していくのが『2』のストーリーである。フィルターを通せばプリムラも可愛い魔法少女だが、アイリスの現実におけるプリムラは立派な魔法兵だ。魔物と戦って倒す役目を負うのだから当然なのだが……16歳の女の子にやらせる職なのかというと疑問がある。
そして前の主人公である私は、お助けキャラへとジョブチェンジしている。ゲームではヒントを出しているだけだが、この世界の現実では回復魔法で戦いから戻った兵士たちをフォローするのが私の役目だ。
「なんで前世の記憶が戻ったの…ロロン、私はどうしたらいいのかしら」
私は部屋の隅で丸くなっていた猫のような生き物、ロロンを抱き上げた。ピンクの猫なんて前世の世界ではありえない。ロロンは魔法少女にはお約束の、お供のマスコットキャラというやつである。ちなみにプリムラには鳥(のような生き物)、ピピアがいる。魔法少女なんてやってられないと思ったけれど、可愛いファンタジーの生き物と触れ合えるというのは素晴らしいことだ。
しかし、その幻想は簡単に打ち砕かれてしまった。
抱き上げられたロロンは、『にゃーん』などと鳴くこともなく、
「前世じゃないよ?」
と喋ったのである。
「きゃー!?!?」
私は叫んで、ロロンを置いて後ずさりした。
断っておくがロロンが喋ったことは今の今まで一度もなかった。ファンタジー世界だから喋ってもおかしくなかったのだが、物心ついた頃から一緒にいて、今初めて喋ったのだ。驚くものは驚く。
「ごめんごめん、驚かせちゃったねアイリス」
「ろ、ロロン…!?あなた喋れる、の!?」
「裏設定だよ!僕はこのゲームのプロデューサーがモデルだから、神の分身みたいなものなんだよね」
ロロンはしれっととんでもない事情を吐き出した。
「何それ初耳なんだけど…!!」
腰が抜けかけた私に、ロロンは歩み寄ってくる。やっぱり、見た目は可愛いピンクの猫ちゃんだ。
「とりあえず、君にとある女性の記憶を一部コピーしたんだけど…コピーしすぎて、ゲームの知識までコピーされてしまったみたいだね」
ロロンが言うに、私はゲームの世界に転生したのではなく、別の世界の人物から記憶が一部コピーされただけらしい。『だけ』とは言うが、この世界がゲームの世界だと知ってしまうのはさすがに問題だろう。
「いい加減すぎない…?」
「まあいいや、それならこの後プリムラが魔物たちを一掃してくれるってことも知っているわけだよね?」
私の抗議を完全に無視し、毛繕いをしながらロロンは私に尋ねる。その動作はやっぱり猫なのだけれど。
「それはまあ…思い出してなくても、時間の問題かしら…」
私はそう答える。
魔物たちは不定期で侵攻してくるが、烏合の衆だ。前の世界で言えば『山賊』が近いのかもしれない。その悪しき魔法は花の王国に害を与えるが、統率されていないので拠点を一つ一つ叩いていくのが有効なのだ。
するとロロンは笑って、
「じゃあ、安心して『3』の準備ができるね」
と返した。
「『レインボーフラワーファンタジー3』…?」
私は思わず聞き返していた。『3』の情報は、コピーされた記憶の中にも全くなかったからだ。
「念のために聞くけど知らないね?」
「は、はい…」
私がコクコクと頷くと、ロロンは言う。
「だろうね、あちらの世界で『3』はまだリリースされてないから」
「な、なんでわざわざそんなことを…?」
「さっき言ったように、『3』の準備をするためだよ」
「え…?」
わけが分からず疑問符に埋め尽くされた私を尻目に、ロロンはぴょんと窓枠に飛び乗る。
そして、私に信じられないことを告げるのだった。
「『3』の主人公は君の娘だよ」
「…は?」
私が目を丸くすると、ロロンは続ける。
「『3』のストーリーでね、ついに魔物たちを率いる存在『魔王』が現れるんだ…その魔王と戦うのが、『3』の主人公」
「娘って…」
「そう、君に娘が生まれないと、世界は滅亡するってこと」
「…!!」
頭がクラリとして、一度立ち直りかけた腰がまた抜けてしまった。
「そんなに驚かなくても…子供を残すのは王族の義務のひとつ、そこは暗黙の了解だろう?」
ロロンが言うことも尤もだ。子供向けフィルターの向こう側では当然そんな細かい事情は見えないけれど、花の王国は王の第一子が即位するので、私は王太子の地位にある。父から王位を継ぎ、次代に伝えるのもまた私の役目なのだ。
だが、放っておいても大きな流れは変わらないのであれば、何故私は記憶をコピーされたのだろうか。
「結果的に同じことになるんだったら、別に記憶、要らないでしょ…」
と、私は恨み言を言う。
しかし、
「タイムリミットがあるんだよ……この世界を滅ぼされるわけにはいかないんでね」
という言葉に、私はその後の言葉を吞み込んでしまった。
「お姉ちゃん!あれ…どうしたの、床に座り込んで」
そこにノックもなく飛び込んできたのは、現主人公こと妹のプリムラだった。
「プリムラ、今日の戦闘は終わったの?」
「終わった!特に被害なし!」
「それじゃあ私の出番はないじゃない」
「疲れたの、レガートの花のお茶が飲みたい!」
プリムラは椅子に腰掛けると、ハーブティーをねだってくる。レガートの花は魔法の力をゆるやかに回復させる効果があるが、そのお茶よりも私の部屋でサボるのが目的だろう。
「薬草園は侯爵家の管理だから、あなたも頼めば貰えるわよ」
お茶を用意しつつ言うと、プリムラはむくれて返した。
「私がシンさんに会えと?気まずいからヤダ!」
「シン……」
うん、その名前は今ちょっと聞きたくなかったな。
私は一応次期女王。当然、許嫁がいる。つまり私が『子供を残す』にあたって相手になるであろう存在。
ゲームの中では…主人公アイリスのお助けキャラで、姫の幼馴染。
そしてアイリスの現実では、父の右腕である侯爵の息子で私の許嫁。
それが、シンだ。
「シンさん、私のこと苦手〜って空気が表に出てるのよね」
「私には普通に話しかけてくるけど…」
「やっぱりお姉ちゃんみたいなお淑やかな人が好きなのよ」
プリムラはそう言ってからかうが、現実は甘いものではない。
「そんなこと言われたことはないわ」
シンとは幼馴染で遠慮なく話せるし、彼が許嫁ということに何の不満もないけれど、恋人のような甘い関係ではなかった。まあ、政略結婚とはそういうものだろう。結婚してから仲良くなればいいと私は考えている。
「そんな調子でいいの?魔物の襲来がなければ今月結婚してたはずでしょ」
プリムラは呆れたように言う。男勝りのお転婆姫で名を馳せる妹だが、案外こういうところは理想があるのかもしれない。
「信頼があれば大丈夫よ、それに私はシンとの結婚を嫌だと思ったことなんて一度もないわ」
プリムラの夢を壊さないように私は答える。
すると、
「フニャー!!」
と、苛立った声でロロンが鳴いた。
「わっ!なんかロロンご機嫌斜めだね!?」
驚くプリムラと、溜息をつく私。
私とシンに娘が生まれないと世界滅亡だと脅されてるなんて、とても言えなかった。
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(フィルターの裏側でキャラクターがこんなに苦労してるなら、クリエイターは迂闊に次世代とか出さないでほしいわ…)
私は脳内で文句をぶつぶつ言いながら、許嫁のところに歩みを進めていた。プリムラが帰った後で、ロロンに強く命令されたのだ。足元をウロウロしているのは、見張りのつもりだろう。
侯爵は執務のために城の中に二部屋を与えられている。その片方をシンが使っているというのが現状だ。私の許嫁だから、同じ城の中にいれば仲も深まるだろうという思惑もありそうだ。尤も、『政略』結婚とはいえ我が花の王国は王族も貴族もとんでもなく能天気なので、侯爵の野心ではなく親としてのお節介という面が大きいようだ。…能天気だと知れたのはどこかの女性の記憶をコピーされたからで、それまでは私もこれが当たり前だと思い何の疑問も抱いていなかったけれど。
逃げられそうにないので、私は仕方なくシンの使う部屋のドアをノックした。
「…アイリス…」
留守であってくれという願いも虚しく、シンが顔を出した。
「シン、ちょっと今いいかしら…」
「ああ…」
シンは黙って椅子を引くと、私を座らせてくれた。
「ごめんね、突然」
「いや、いい」
「プリムラがハーブティーを飲み尽くしちゃいそうなの」
「ああ、プリムラ姫が…持ち合わせがあるから待ってろ」
シンは私に背を向けて、棚を探し始める。
…幼馴染で、こうして敬語も使わずに遠慮なく喋っているだけでも私達は普通に仲がいいと思うんだけどな。ロロンの主張ではそれじゃダメみたい。
でも、魔物と戦っているから私たちの結婚は延期されていて、討伐完了までは順調でもあと2か月ほどかかる見込み。結婚がさらに延期になる可能性はあるけど、早めることはできない。私にどうしろと言うのだろう。
「未来の夫と会話くらいしたらどうだい」
ロロンが耳打ちしてくる。あなたが余計な記憶をコピーしてこなければいつも通り仲良くお喋りしてましたよ!?
とはいえ沈黙は気まずいので、部屋の中を見渡して話題を探す。
「勉強してたの…?」
「ああ」
「図書室でやらないの?」
「この部屋の方が気に入っているから…」
「へえ、そうなんだ」
ゲームではデフォルメされていたから、眼鏡をかけた物知りなインテリキャラのテンプレートになっていたけれど。王配は一番近くで王を支えなければならないという理由で、シンは子供の頃から勉強を続けていた。フィルターの向こうではただのお助けキャラにすぎないけど、それを任されるだけの知識は彼の努力の結晶なのだ。
そう思うと何でも超健全フィルターでデフォルメされるのがやっぱり不快で、私は少し苛ついた。やはりこの記憶は邪魔でしかない。
「にゃーん」
ロロンがわざとらしく鳴いてみせる。何とかしろ、と言いたいのだろう。
(ちょっと、アイリスはまだ18歳で結婚前なんだから、今すぐ結婚しろって言ったところでどうにかなるわけがないじゃない…!)
私が椅子に座って俯いたままでいると、
「大丈夫か…?」
と、心配そうにシンが尋ねてくる。
「うん」
「ハーブティーが必要なのはアイリスの方だな…待ってろ」
「…ありがとう」
優しい。シンはあまり表情に出るタイプではないけれど、優しいのだ。
この人と一生を添い遂げられるならきっと幸せだろう。
(あれ…私、これと同じこと、考えたことがあるかもしれない…?)
コピーされた記憶の中から何かを拾いかけた私は、顔を上げてシンの顔を見る。
「アイリス…?」
「シン…」
その瞬間、
「わっ!」
と、シンの声。
ロロンがシンの頭に飛び乗って、踏みつけたのだ。
「わ、わ!ロロン、なんてことを!」
私が慌てて立ち上がると、ロロンはすました顔を私に向けて、その後ドアをかりかり引っ掻いた。出せ、ということらしい。私がドアを少しだけ開けると、ロロンが私の肩によじ登って耳打ちする。
「コピー元同士は夫婦だから、何にも心配することはないよ」
「え…?」
器用にロロンはその隙間から出ていき、ご丁寧にドアをパタンと閉めてくれた。
「…」
踏まれたシンは頭を押さえて立ちつくしている。
「大丈夫?ごめんね、シン」
駆け寄った私。
その手を、シンが掴んだ。
「アイリス」
「え…なあに?」
「何だか…おかしい」
そう言われて、私はぎくりとした。
コピー元『同士』とロロンは言った。まさか、さっき踏んづけたときにロロンがシンにも記憶をコピーしたってこと!?
「え……何、が」
私がしらばっくれると、シンの瞳が悲しみに揺らぐ。
「これまでアイリスにこんな気持ちを抱いても、どうしたらいいかわからなかったのに」
待って、そんな顔するなんて聞いてない。切ないその顔を見ていると、胸が苦しくてドキドキする。これはどういうことなのだろう。
「シン」
切なくなった私が反対側の手をシンに伸ばす。
「こうすればよかったんだ……アイリス!!」
すると、シンが私をきつく抱きしめた。
ロロンが、どこかの仲睦まじい夫婦から私達にコピーした記憶。
それは、愛し合う夫婦の経験…。
私には医学的知識しかなかったはずの男女の関係の記憶が、コピーされた記憶の方向から浮き上がってくる。どういうことをして、どういうことになるのか。
「…!!」
火がついたように頬が熱い。コピー元は既婚者で慣れているかもしれないが、私は恋愛経験皆無なのだ。羞恥心が悲鳴を上げる。
「アイリス…」
「待ってシン、コピーの記憶に支配されてない?もしそうならロロンが…」
恥ずかしさが半分、シンのことが心配な気持ちが半分。シンのコピー元になった夫は妻を求めていて、その妻の記憶は私にコピーされている。シンはそれに引きずられているのではないか。
しかしシンは首を横に振った。
「違う、記憶は教えてくれただけだ」
「えっ?」
「今日よりもずっと前から、アイリスとこういうことをしたかった」
「……!!」
きゅう、と心臓が締め付けられるような心地がした。
すると、私の中にコピーされた記憶が訴える。
『そういう時は、夫の求めに応えてあげればいいのだ』と。
「シン…私…」
私はその知識を頼りに、シンの背中に手を回す。その瞬間、まるでランプが消えるかのようにコピーの記憶がふっと眠りについたのを私は感じた。
けれど、胸の苦しさは消えない。つまりこれはコピーされた記憶が作る幻の感情ではなく、自分自身の感情だ。
私はシンが好き。
望みを叶えてあげたいくらい、大好き。
「いいのか、アイリス」
「うん…」
消えそうな声で、私は答えた。
「愛している、アイリス」
それはコピー元ではなく、間違いなくシン本人の言葉だった。
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散々求められた私は、シンの腕の中で目を覚ました。曲がりなりにもお姫様の私が、まさかこんな間借りした部屋の仮眠用ベッドで初めてをされるとは思ってもみなかった。
どうやらシンは前から私にこういうことをしたかったみたいなんだけど、どうしたらいいかわからずにいたらしい。真面目ゆえに勇気が出ないシンと、男女関係も出産も王族としての義務としか考えていない私。それにしびれを切らしたロロンが、仲睦まじい夫婦の記憶をそれぞれにコピーして『夫婦の営み』のやり方を強引に教えた、ということ。つまり、記憶のコピー元を教師にした変則的閨教育だったのだ。
というか、もうちょっとうちの国の教育システムがしっかりしてたらこんなことをしなくてもよかったんじゃない…?私は本来きちんと教育を受けるべき年頃に主人公として戦っていたし、シンだって戦いに役立てるための他の分野の知識を詰め込んでいたからこんなことに。ああ、王女として情けない。
「本当にあのロロンが神の分身なのか…いや、まあ、踏まれて記憶が一度に流れ込んできたことがその証拠か…」
シンもまだ信じられないといった様子だが、それでも私を抱きしめる腕の力を弱めない。
「ロロンもひどいわ、私たちのこと信じてくれてもよかったのに」
「いや…それだと最短でもあと5年、下手すれば10年以上はかかったんじゃないか」
「そうなの?」
「アイリスにその気がないから、俺も敢えてあまり考えないようにしていたのに」
私が悪いみたいに言われるのは心外だ。そもそも、将来結婚するのだという認識は互いにあったものの、『好き』と言われたことすらないのだから。
「…シンに勇気がなかっただけじゃなくて?」
「あのな…気づいてしまったら絶対こうやって、がっついてしまうんだよ…!」
「きゃっ」
シンにまた抱きしめられ、噛みつくようなキスをされた。
「ま、待ってシン…許嫁が相手とはいえ結婚前にこんなことをしたと知れたら怒られるから、ほどほどに…」
「こっちは結婚が延期になって絶望していたんだ、少しくらいは大目に見てもらえるだろう…魔物が恨めしい、本来だったらアイリスと結婚して今頃は蜜月だったのに…」
「シン、まって、ああ…」
どうやらシンは我慢がきかなくなってしまったようだ。
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シンはそれからすぐに『プリムラ姫が魔物を討伐完了した暁には、すぐにアイリスとの婚儀を執り行ってほしい』と父に頼みに行った。当然ながら私たちに何かあったことはバレてしまった。恥ずかしい…。
でも私の方も全く結婚の準備をしていないわけではない。来るべき魔王の襲来に備えて防衛システムを見直したり、魔法を調べたりしている。もちろん、教育システムもだ。まだ娘のアップルは生まれてもいないけど、主人公ひとりに全て背負わせたくないから。
母として生きていた女性の記憶をコピーされたことでそう思えるようになり、果ては次期女王としての自覚も出たのだから、結果的にロロンの策は成功だったということになる。
「……アイリス」
「なあに?」
「未来のために色々調べてるらしいけど……その、もしかして既にお腹に…」
シンが不安そうに尋ねてくる。身に覚えがありすぎるものね、仕方ないわね。
「まだいないわ」
サイクル的に今回のことでの婚前妊娠は何とか免れたけど、これは運が良かっただけなのかもしれない。
「そうか…」
ほっとしつつもちょっと残念そうなシンを見て、
(真面目な人ほど箍が外れた時が怖いのよね…)
と私は思う。
そして、ロロンに『夫の躾け方の記憶もコピーしてほしい』とお願いすることを本気で考える私なのだった。