転生夫婦譚 第3話 1995年~1996年5月

1995年~1996年5月。

□■□

神戸で大きな地震があった。
ここは神戸からは離れているけど、それでも西日本だから結構揺れた。
街が燃える様子を見て、僕の中に前世の記憶が流れ込んでくる。

ああ……そうだ。前世は戦争があったんだ。
前の王様は戦の才能が致命的になくて、隣国に領土を何度も脅かされて。そんな父親を塔に押し込めて王位を奪ったあの怖い王様は、最初は国を守った若い王として歓迎されていたんだっけ。隣国のお姫様が和平のために嫁いできて、戦争が終わるってみんな喜んでいたんだよ。
でも王はどんどん人を疑う心が強くなっていった。疑心暗鬼っていうやつ。ちょっと気に食わないことをしただけの家が潰されていった。国境にいる前世の僕は敵国に通じているんじゃないかと疑われて、いつも冷たい仕打ちを受けていたんだよ。
それで……何かがあって、僕のお嫁さんと子供が……死んだ。ここは覚えていない。
でも、僕は復讐のために、王に牙をむいたんだ……。

今回のことはとても辛いことだけど、自然が起こした災害。だから特定の犯人がいるわけじゃない。
でも、前世の僕は王様を殺して国を壊そうとした。あの後本当に国が壊れて、また戦争が起きたなら、どれだけの人が亡くなったのだろう。僕のせいで……。
前世の自分がしたことがとても悲しくて怖くて、学校を休んで部屋に閉じこもって震えていたら、皐月がお見舞いに来てくれた。
皐月がいることが嬉しくて、生きているのが嬉しくて、思わず抱きしめてしまった。

皐月はびっくりした顔をしていたけど、
「地震、怖かったよね」
と、優しくなぐさめてくれた。

僕はミシンのオモチャを買うはずだったのと同じだけのお金を、郵便局に置かれていた募金箱に突っ込んだ。

□■□

バレンタインがやってきた。
アラザンやカラーチョコスプレーでトッピングされたかわいいチョコを、皐月から貰った。

「ありがとう…これみんなに配ってるの?」
「お父さんと、おじさんと、ゆきまさくんと、としかずくんにもあげたよ」
うん、家族チョコだね。去年のクッキーと同じ。幸政と俊和も家族枠だったのか…。
でも皐月からのプレゼントは何だって嬉しい。
「かわいいね、キラキラしてて」
「…ハートのかたちのチョコは、みーくんにだけあげるね」
「え…!?」

ちょ、ちょっと待って!
皐月に…好きになってもらえかけてるんじゃないのか、これ!?

□■□

東京でテロ事件があったらしい。

…前世の僕は、テロを『起こした』人だよね。

本当に僕は生まれ変わってきてもよかったのかな?
皐月とまた出会って、結婚したいなんて考えてもいいのかな?

前世の記憶なんて、なくなっちゃえばいいのに。
人生をやり直していい人間じゃないよ、前世の僕は。
もし前世の記憶がなくたって、僕は皐月が好きだよ。

□■□

3年生になった。
クラス替えがあって、僕は1組、皐月は2組になった。

ずっと辛いことが続いてて、気分もふさぎ込んでしまう。
治安が悪くて、大人たちもピリピリしているし。

あまりに僕が落ち込んでいるからか、心配したお父さんとお母さんが進級祝いだよって言って何か買ってくれることになった。
ファンタジー世界のゲームをやったら前世のことを思い出すかな?そう思って、俊和のお兄さんの辰也さん(5年生)が前にやっていたソフトを選ぶことにした。
ドラゴンクエスト5っていうやつだ。もうすぐ6が出るらしいけど、僕には違いがよくわからない。

このドラクエ5というゲームは主人公が結婚相手を選ぶストーリーになっているらしいと聞いた。幼馴染のしっかりした女の子と、おっとりしたお嬢様。

幼馴染は言うまでもなく皐月。
お嬢様といえば…又従妹の春奈ちゃんだな。

うん、春奈ちゃんとは話が合う気がしないね。もし皐月と出会っていなくても、絶対に恋をすることはなかったと思う。
そのことを俊和と幸政に話したら、
「「ゲームじゃなくて本当におさななじみとおじょうさまがえらべるなんておかしいよ!!」」
って言われてしまった。
選ぶという考えはない。
ちなみに皐月は、
「わたしが男の子だったら、おじょうさまとけっこんしたらおぼっちゃまになれるかなあ」
などと言っている。ちょっと前までお金に困っていたから、お金持ちへの憧れがあるのかもしれない。
「さつきは、おさななじみよりお金持ちがいいの?」
とちょっと拗ねて尋ねると、
「…みーくんって両方だよね?」
と逆に聞き返されてしまった。

僕はお坊ちゃんじゃない。確かにちょっと住んでる家は広いかもしれないけど、昔から住んでいるってだけ。本当のお金持ちは、雅道おじさんや生駒のおじいさんのところみたいな家のことだ。

□■□

RPGというのは数字で全てが決まるから、結構僕に向いているかもしれない。
皐月もゲームが気になるらしく、毎日やってきて一緒に攻略するようになった。

「きのうビアンカをえらんだね」
「うん、これから式だよ」
「式ってたいへんなんだってね…この前いとこのお姉さんがけっこんした子が言ってたんだけど、花よめさんはドレスも着物もきつくて苦しくて、ごちそうが食べられないんだって……わたしも七五三のときに着物を着たらものすごくたいへんだったから、式をやりたくないなあ」
「式がおわったら好きなものを食べに行けばいいんじゃないかな」

それに、皐月の結婚に対する考えを話してもらえるので、いいものを買ってもらったと思う。

「子どももうまれるんだよね」
「うん、ふたごちゃんがね」
「クリアしたら3人目がうまれるっていうのはウソなんだって、ツネちゃんが言ってたよ」
「…そもそもそんなウワサがあったの?」
3人の子供か…前世では僕とお嫁さんには3人の子供がいた。一番上の男の子は、お嫁さんと一緒に病気で亡くなってしまったんだよね…。

そんなこんなでゲームの主人公は幼馴染と結婚した。羨ましい。
奥さんがいるのが嬉しいのであちこち連れて行ってみると、イベントが発生した。

「……」
「……!」

結婚したから一緒に寝るんだって。
え……じゃあ逆に、結婚してなかったら一緒に寝ちゃいけなかったってこと!?
あの時めちゃくちゃ怒られたのって、それが理由だったのかー!!!

…前も思ったんだけど、前世の僕は結婚して子供がいたんだから、そういうのはちゃんとわかってたはず。何で肝心なところだけ忘れているんだろう。本当に不便な記憶だ。

□■□

ゲームのストーリーが気になる皐月は今日もうちに来てくれたけど、ちょっと気まずい。

ゲームの中では奥さんが倒れて、何かと思ったら赤ちゃんができたって話で。
…本当に前世の僕は一通りこれをこなしていたのだろうか…何だか信じられないし、奥さんが前世の皐月っていうのも嘘みたいな話なんだけど。

一緒に寝た?
赤ちゃんができた?
一緒にお風呂に入った?
本当に?

今の皐月とそんなことをしようとは思わない。だってそんなことをしたら皐月に嫌われて、お父さんやお母さんやおじさんやおばさんにも沢山怒られて、皐月と結婚することは一生できなくなってしまうだろうから。
結局これもプレゼントと同じで、皐月に好きになってもらわないといけないんだ。

「ねえ、みーくん」
「ん?」
「わたしたち、小さいころからいっしょにいるよね」
「うん」
「みーくんとはじめてあったときに、けっこんしてって言われたよね」
「…うん」
「いっしょにねたよね」
「……うん」
「ゲームとおんなじだよね…」
「……!」

え、ってことはもし大人だったら赤ちゃんができてたかもしれないってこと!?
た、大変だ!正式に結婚式もしてないのに!!

これからは皐月とはあまりくっつきすぎないように気を付けることにする。

□■□

ゲームをクリアしたので、皐月が毎日うちに来ることはなくなった。
ちょっと残念なような、ほっとしたような。

でも、料理教室と習字教室は続いてるから、結局うちによくいることは変わらない。

「急いで書かなくていいからね」
「こうですか?」
「そうそう、なかなか筋がいいよ」

学校で書道の時間が始まったから、皐月の練習も本格的になってきたんだ。結果的にお父さんと皐月がベタベタすることになって、すっごく悔しい。僕はくっつきすぎないように我慢しているのに…!

あまりにイライラしているのがお母さんにバレて、嫉妬する男はみっともないわよとたしなめられてしまった。

□■□

同じクラスに皐月がいないと学校行事があっという間に過ぎていく。
春の遠足は電車に乗って博物館に行ったんだけど、皐月がいないから楽しくなかった。
ゴールデンウィークの大阪旅行もあまり楽しめなかったし…

こういう感情って、『恋しい』って言うんだって。

□■□

皐月が今度は別の子に喧嘩を売られたらしい。
前から皐月は色白だなーと思っていたんだけど、どうやら日焼けをすると肌が赤くなって痛くなっちゃう体質らしい。だからプールの時に日焼け止めを使うことを先生に許可してもらったんだって。
でも自分だけ化粧品を使ってるのは生意気だーって、喧嘩を売られたらしい。

それを聞いたときに僕の中で何か恐ろしい感情が膨れ上がって、爆発しそうになった。
皐月を苦しめる奴は許さない。
どんな奴でも…そう、たとえ『王様』であっても…絶対に消してやるという、強い感情。

人殺しの感情だ。

僕は幸政と俊和を呼んで、皐月のクラスの子に伝えてほしいと頼んだ。
皐月に手を出すなら、僕が喧嘩を受けて立つ。
卑怯な手もいっぱい使うけど、それでもよければ喧嘩しよう、って。
…直接会ってしまったら、すぐさま殴りかかってしまいそうだったから。

話は伝わったみたいだけど、噂に尾ひれがついたらしく、
「時任くんには落ち武者の幽霊がついてて、怒らせたら首をもがれるっていう話になってるよ」
とツネちゃんが教えてくれた。

落ち武者!?
そ、そんなやばいオーラを出してたのか…僕…。
でも、恨みの中で死んでいった兵士の記憶を持っているわけだから、落ち武者の幽霊がついているというのはちょっと当たってるんだよね。この噂の出処の人、もしかして本当に『視える人』なんじゃないかなあ…。

□■□

夏休み。
幸政や俊和といる日よりも皐月といる日の方が最近は多い。
料理教室や習字教室の日は皐月だけが来て、それ以外の日は皐月も含めたみんなと遊んでいるからだ。

3年生になると宿題も多くなってきて、勉強嫌いの俊和は頭を抱えている。
皐月は運動が苦手だから、冬休みに出る縄跳びカードが嫌いだって言ってた。でも、泳ぐのは涼しいから嫌いじゃないんだって。

「みーくんは何が苦手?」
「工作だな、図工の時間に空き箱でロボット作ったけどすっごいダサいのしか作れなかった」
「そっか、それならわたしが助けてあげられるね」
「…」

「おい、光哉」
「ん?」
「なんか皐月ちゃん、すっかり光哉のおくさんってかんじなんだけど…」
「何かあったのか?」
幸政と俊和に尋ねられたけど、何かあったという覚えはない。
敢えて言うならあのゲームくらいだけど…。
「光哉くんと皐月ちゃんがけっこんしたら、わたしはうれしいよ!だって『なかよし』とか『りぼん』にのってるマンガだと、勉強も運動もできる男の子が好きになってくれる話が多くて…」
「少女マンガじゃないって」

「みーくん?」
皐月が首を傾げる。
少女漫画のように……
思わずキスしたくなって、僕は慌てて顔を伏せた。

□■□

「何だかさいきん皐月ちゃんによそよそしいね」
ツネちゃんに言われた。
「ぼくだってはずかしくなることはあるんだよ」
と、ちょっと怒って返した。

すると、
「あらあら、ちょっと大人になったのねえ」
と、おっとりとした声がした。うちのお向かいさんで皐月の家のお隣さん、松井さんのおばあちゃんだ。
「大人…」
「うちの息子とお嫁さんも同じ小学校の幼馴染だったのよ、二人を見ていると懐かしいわ」
松井さんの息子さん。今は仕事の都合で大阪に住んでるらしいけど。幼馴染と結婚したのか。
「何その素敵な話!聞かせて!!」
少女漫画が好きなツネちゃんが瞳を輝かせて食いついた。

それからツネちゃんは松井さんの家に話を聞きに入ってしまい、皐月が何事かと首を傾げていた。
なんだかなあ。

□■□

夏が終わって、秋に運動会。
日曜日に雨が降って順延、月曜日は休みだから、火曜日にやることになった。
だから普通に昼には給食がある。クラスが違う皐月とお弁当を食べるチャンスだったのに……悲しい。

□■□

最近は皐月がいないときは皐月のことばかり考えてるのに、皐月と一緒にいると何だか恥ずかしい。大人になったってことらしいけど、18歳にならないと結婚できないし20歳にならないとお酒は飲めない。だから全然大人じゃないよ。電車は中学生から大人料金だけど。

早く結婚して皐月と一緒に暮らせたらいいのに、って思う。
一緒に暮らせるようになったら、皐月ともう一度同じベッドで一緒に寝たい。
前世はお嫁さんといつも一緒に寝ていて…暖かくて心が優しくなったのを覚えている。前世の僕は悪い王様の尻ぬぐいをしないといけないから色々と仕事が大変だったはずだけど、それでも眠るときは幸せだったから。
今は僕は普通の小学3年生だからまだ仕事はしなくていいし(勉強はするけど)、お父さんとお母さんが守ってくれるから何も心配はいらないんだけど……でも、やっぱり皐月と一緒に眠って、朝起きても皐月が隣にいるってとっても幸せなことだと思う。

言ったら絶対に怒られるから、言わないけどね。

□■□

東京の渋谷でコギャルというのが流行っているらしい。
なんだかちょっと怖いね?
多分皐月と真逆のタイプだからだ。コギャルは色黒だけど、皐月は日焼けすると肌がヒリヒリしちゃうから日焼け止めが欠かせないし、いつでも白い肌だ。コギャルは茶髪だけど、皐月の髪の毛は綺麗な漆黒だ。
でも皐月は、日焼けに弱い自分の肌が好きじゃなくて、日焼けしている肌に憧れるんだって。難しいね。

□■□

星香ちゃんが、サンタがお父さんだということをクラスの友達に教えられてショックを受けたらしい。うーん…2年生になると、信じてない子の方が多くなるのは仕方がないんじゃないかな…。
僕は去年はパズルゲームのソフトをもらって、今年も何かゲームソフトを買ってもらおうかなと思っている。無難だよね。友達とも遊べるし。
皐月は去年お年玉で買ったミシンを今も楽しく使ってるから新しいオモチャはいらなくて、布や糸が欲しいって言ってた。物欲がないのねってうちのお母さんに言われたみたいだけど、
「おいしい食べ物はいっぱいほしいから、よくがないっていうのはちがう」
と皐月は言う。
去年のクリスマスの時期はおじさんの体調もまだ戻ってなくてお金があまりなかった頃。皐月はあまり話さないけど、ちょっと悲しいクリスマスになっちゃったんだと思う。

よし、大きくなったらチキンやピザをいっぱい買って、皐月とクリスマスパーティをやろう。そのためにはお金が必要だから…。

僕はクリスマスプレゼントを
「ちょきんしたいから、お金にして」
と頼み直した。
「夢のない話ねえ…」
と、お母さんは溜息をついた。

□■□

色んなことがあった今年が終わる。

大晦日の夜、うとうとしていたら、前世の夢を見た。

『寒くないか、アザレア』
『大丈夫です、ジェイド様』
『家に戻ったら、二人で温かいお茶を飲もうか』
『はい』

アザレア。
そうだ、皐月の前世の名前は、アザレアだ…!

そして、僕の前世の名前は、ジェイド。
ジェイド・ラファティ。

寒くても、つらいことがあっても、二人で寄り添って生きた。
アザレアと子供が、あまりに早すぎる死を迎えるまで。

□■□

新年早々、辞書をひっくり返して色々と調べた。
『ジェイド』は宝石の名前。いわゆる翡翠だ。
『アザレア』はツツジのこと。日本だと西洋種のツツジをアザレアって言うみたい。
うーん、翡翠はともかくツツジの花があの世界にあった覚えはないんだけど…その辺はゲームの世界だから適当なのかな。ゲームだと遠く離れて交流もない国なのに同じ言葉喋ってたりするから、適当だよね。
ちなみに『サツキ』もツツジの名前だ。旧暦の『皐月』に咲くからサツキ。
…そっか、最初から名前にヒントがあったんだ。
5月生まれだから『皐月』だって皐月は言ってたけど、関連する名前をつけてもらう運命にあったんだ、きっと。

じゃあ僕の名前『光哉』も『ジェイド』と関係しているのかな。『光』ってついてるから宝石っぽい感じはするけど。

□■□

ツネちゃんは僕らを観察しているうちに『幼馴染のカップル』というのにハマったらしく、明日から始まるアニメ『名探偵コナン』を楽しみにしている。主人公とヒロインが幼馴染なんだと力説されてしまったが、聞けば高校生らしい。高校生なんてすごく大人じゃないか。すぐに18歳になって結婚できるじゃないか。羨ましい。僕は先が長いのに。
それはともかく推理ものは好きなので、見てみようかな。

家ではお父さんが今日から始まる大河ドラマ『秀吉』を楽しみにしててうきうきしていた。なんで実の親子でもないお父さんとツネちゃんが似ているのだろう。もしかして前世に親子だったのかもしれない。(ジェイドの前世の父親は、たぶんお父さんとは違う人だ。)

そんなこんなで夜はお父さんと一緒に大河ドラマを見た。秀吉がお姫様のお風呂を覗こうとして怒られて追い回されていた。ああはなるまい。
あと明智光秀って人が、貧乏暮らしで体が弱った奥さんを背負って旅をしていた。出世して美味しいものを食べさせてあげたいって言ってた。クリスマスの時に皐月にチキンやピザを沢山買ってあげたいと思った僕としては、他人とは思えない。『光』の字も同じだし。

翌日、ツネちゃんも同じく『秀吉』を見ていたらしく、素敵だとはしゃいでいた。美形の旦那さんが愛しい奥さんをおんぶして大切にしてるのがツボにはまったらしい。確かに少女漫画みたいな話ではある。
「へー、そんなに素敵なら見てみようかなあ」
皐月も興味を持ったみたいで、僕も見続けることにした。
「そうか、ツネちゃんが興味を持ってくれた上に広めてくれてるのか、それは嬉しいなあ」
お父さんがめちゃくちゃ喜んでいる。

こうしてツネちゃんとお父さんという年齢も性別も全然違う二人に友情が芽生えたのであった…。やっぱり前世、親子だったんじゃないか?

□■□

4年生からクラブ活動が始まるので、見学に行った。
皐月とツネちゃんは手芸クラブにするってもう決めているみたいだ。
俊和はサッカーにするって言ってた。足が速いから向いていると思う。
幸政はもちろん野球クラブだ。
僕は…剣道のクラブは無いから…理科クラブにしようかな。

□■□

俊和と幸政に
「光哉はミニ四駆やらないの?」
と言われた。
俊和のお兄さんの辰也さんが庭にコースを設置したらしく、遠くからわざわざ遊びに来る子もいるくらいだ。
「小学生の茶の湯だなあ」
とまたお父さんが言った。よくわからないけど、ものすごく流行してる趣味っていうことなんだと思う。

前世は王様に疑われてて生活もギリギリだったから、趣味はほとんどなくて、皐月の前世…アザレアと一緒に花を育てていたような記憶がある。
本当は今だって皐月と一緒に遊べる趣味がいいんだ。でも、それだけじゃだめなんだ。僕が皐月のことを好きだというのはみんなが知っている。だから、僕が敵を作ったら、皐月がどんな目に遭わされるかわからない。
難しいよ、小学生も。

とりあえずお年玉でミニ四駆というのを買ってみた。プラモデルは設計図通りに組み立てるだけだから、工作が苦手な僕でも作れる。(僕がないのは創作センスなんだよね…。)
すると皐月が、
「私も一度プラモデル作ってみたいなって思ってたの…でも女の子でやってる子いないじゃない?作るときになったら教えてね、私も一緒に作りたいから」
と、思わぬ提案をしてくれた。そうか、プラモデルも皐月の好きな小物作りには違いないんだな。

意外にも皐月と一緒に遊べる趣味になった。二人には感謝する。

□■□

4年生になった。
僕と皐月は同じクラス、3組。
幸政とツネちゃんも同じクラスだ。俊和だけ別のクラスになっちゃったな。

理科クラブで同じクラスの安田くんと仲良くなった。温厚な感じで仲良くなれそうだ。
最初はちょっと不穏で、
「時任くんってかわいいおさななじみがいてうらやましいなー」
「え…まさか皐月のことを?」
と疑ってしまったけど。
「いや、僕はー…雨原さんじゃなくて」
「……ツネちゃんの方?」
「んー、まあ…」
「そっか、ツネちゃんか…お店に行ってみたらどうかな、気に入ってもらえるかもしれないよ」
安田くんはどうやらツネちゃんが好きらしい。
確かにツネちゃんや星香ちゃんも僕の幼馴染だけど、あまり女の子として意識したことないな。というか皐月以外の女の子って『顔が美人だな』と思うことはあるけど、それはテレビで美人を見た時と同じで、特に友達以上に仲良くなりたいわけじゃないし。皐月とはずっと一緒にいたいから、全然違う。浮気をする男の気持ちがさっぱりわからない。

□■□

5月の終わりには林間学校があるから、4年生になってすぐにそれに向けての学習が始まった。
班を決めた。男子は僕と幸政と安田くん。女子は皐月、ツネちゃん、鷲見さん。
鷲見さんは料理が好きで、あと名前が『弥生』って言うから『昔の月の名前がついてるのが同じだね』ということで、皐月と仲良くなったんだって。
というか料理部の部長で6年生の瑠々さんと、手芸部の部長で6年生の氏家さんが、どっちに皐月を入れるかで取り合いになったらしい。4年生は手芸部、5年生は料理部、6年生は皐月が決めるで話をまとめたとか……僕の知らないところで皐月は大人気になっている。今は女子だからいいけど、男子たちにまで大人気になったら……皐月を奪われそうで怖い。

「山のぼりか~…」
皐月は山登りに乗り気じゃない。日焼けが苦手ってこともあるだろうけど。
僕も複雑な気持ちだ。山登りは楽しそうだけど皐月を危険な目に遭わせたくない…ひとまず皐月を守ることに集中しよう。山は危険がいっぱいだから。前世の知識が珍しく役に立ちそうだ。かなりの田舎だったから、領地の中を回るだけでもサバイバル状態だった覚えがある。家臣は何人もついていたけどね。

「あの山は人気のハイキングコースだからかんばんはあるけど、ちゃんと地図とコンパスを持って目印をチェックしていこう、休けい所とかトイレとか」
「他に何か持っていくものはある?」
「う~ん…飲む用のものとは別に水を持って行ったほうがいいかな、ドロでよごれたら洗ったりできるから…あとタオルとかごみを入れるふくろとか?」
「なるほど~」
皐月の声が少し明るくなる。
「本当に時任くんって皐月ちゃんのためなら何でもするのね」
鷲見さんが驚いたように言った。
「そのうちなれるよ」
幸政が呟いた。

帰り道に皐月が言った。
「男子と女子は別行動も多いから、いっしょにとまりに行くのにあまりいっしょにいられないね?」
「そうだね」
下手すれば家にいる時より一緒に過ごす時間は少ないかもしれない。
「実はね、一番イヤなのはね、せっかく山に行くのにバーベキューとかカレーとか作ったりできないことなの」
「ああ…そっか、ごはんは『森の家』で出るもんね」
『森の家』は山の施設のことだ。そっか、皐月はキャンプご飯を作るのを楽しみにしていたのか。それがないと知ったら、やっぱりガッカリだよね。
「いっそのこと…みーくんといっしょに庭でキャンプごっこしようかな」
「いいの!?」
皐月とキャンプごっこ。庭にシートを敷いて、皐月の作ったご飯を食べる。カセットコンロはうちにあるし…いける!
「あ、でもぜったい星香が入れてくれって言ってくるし、ツネちゃんも呼びたいし、そうするとうちの庭だとせまいかな…」
「うちの庭でやろうよ」
皐月が喜ぶことは全部叶えてあげたい。鷲見さんの言うとおり、僕は皐月のためなら何でもするんだ。

□■□

皐月の10歳の誕生日。
やっと二桁になった、って皐月は喜んでた。
僕は9歳。ちょっとだけ皐月の方がお姉さんだということを、こういう時に実感させられる。

前世だと僕の方が2歳年上だったと思う、確か。

□■□

林間学校の日になった。(その前に春の遠足があったけど、こっちは皐月と違う班だったのであまり楽しめなかった。)
バスに乗って宿泊施設に向かう。
「みーくん、それ何?」
「空いたペットボトルだよ、お茶が入っていたやつ」
「あー、なんか最近これで売ってるよね」
「飲まない水はこれに入れておけばいいかなって思って、水筒より軽いから」
「すごーい」
ペットボトルのお茶、去年は売ってなかった。こんな便利なものがあるなんて、前世とは大違いだ。

施設について、お昼ご飯の前に『火起こし』の体験学習。お昼を食べたら、ついに山歩きだ。
「水はオレが持つよ、班長だもんな」
幸政が大きなリュックに水を補充したペットボトルを入れる。
「みーくんが地図とコンパス係ね」
本当は地図係で、コンパスは他の子たちは持っていないからちょっと反則かもしれない。でも、先生に尋ねたら持ってこられるなら持ってきてもいいって言われたから(というか、山に登るなら持っていくのが正しいよね?)、使わせてもらう。
「皐月は時間記録係」
先生から腕時計を受け取ってきた皐月は、集会所の時計と時刻が合っているかチェックしている。しっかりしてる、さすが皐月。
「保健係はツネちゃんと安田くんだね」
「おっけー!ばんそうこうもガーゼも持ってるよ!」
「ぼくはタオル!」
「じゃあ美化係のわたしがゴミを集めまーす」
「鷲見さんよろしくね」

山は少し薄暗くて、皐月はちょっと怖いって言ってた。
僕は前世の記憶があるから、森に取り残されてもそんなに怖くない。この辺には熊や野犬はいないから、気を付けるのは蜂と蛇くらいだってわかってる。
コンパス以上の反則、前世の記憶。
でも…安田くんだってツネちゃんにいいところ見せようと頑張ってるから、僕もそれくらいしていいよね?

山を歩いて、指定された順番で5つのチェックポイントを回って、地図にその時間を書き込むオリエンテーリング…とはいってもチームで時間を競ってるわけではなく、自然をしっかり観察してくるのが目的。
地形の特徴や見つけた植物をメモしていると
「優等生だね~」
と皆がからかい半分に言ってきたけど、何かあって引き返すときのためには記録しておいた方がいいんだよ。いくら低い山でも、怖い獣がいなくても、山は山だから。

ほとんどのチェックポイントには先生がいて、簡単なクイズを出してくる。
例外はハイキングコースの休憩所で、ベンチやトイレ、自動販売機がある。古ぼけた軽トラが停まっているから、道路に出られるようだ。
「皐月、山はどう?」
「思ったよりも楽しいかな?でもやっぱり、バーベキューやりたかったなあ…火起こししたのに、どうしてやらせてもらえないのかしら」
「わかる!」
鷲見さんが同調して笑う。
夜はキャンプファイヤーがある。火起こしはそのときの種火だ。夜を共に過ごすのはあの日以来だけど、当然ながら二人きりではない……ここから皐月と二人で抜け出してしまえたら、などと一瞬思ってしまった。
すると、今度はツネちゃんが
「私もガッカリしてる!山の中につり橋とかあると思ったのに、ないし!」
と言う。
「つ、つり橋…?」
青ざめる安田くん。高いところ苦手なのかな。
「明日のアスレチックコースの方には近いのがあるんじゃないのかな」
幸政が言うと、ツネちゃんはにんまりした。
「そっか!じゃあつり橋の効果でドキドキしてる皐月ちゃんと光哉くんを見られるのは明日ってことね!」
「そんなこと言われてもね」
僕はツネちゃんに何を期待されているんだろうか。でも、皐月はあまり運動が得意じゃないから、アスレチックで怪我をしないようにと目を光らせるつもりではいる。結局期待通りに動くことになりそうだ。

オリエンテーリングは無事に何事もなく終わった。皐月は
「早くお風呂に入りたーい」
と呟いて、女子部屋に戻っていった。

「あー、腹へった」
幸政が呟く。
「明日が今からゆううつだ…」
やっぱり安田くんは高いところが苦手らしい。まあ、何というか…頑張れ。
男子部屋では、
「光哉!夜はこわい話しようぜ」
「お前たくさん本読んでて色々知ってそうだし」
と、あまり普段話さないクラスメートから声をかけられる。
「こわい昔話とかでいいかな…?のろわれた池の伝説とかそういう感じの」
「いい、すごくいい!」
「それたのむ!」
うん…何だかすごく、楽しいな。

少し量の足りない晩ごはん(ポークソテーだった)を急いで食べて、あまり乗り気じゃないキャンプファイヤーをやって(歌って踊るだけだからね…)、それからお風呂。
クラスメートたちが裸でふざけている中で、僕はどんな怖い話をしようかと考えてる。
「光哉、お前も泳げよ~」
「あ、ごめん」
「どうせ雨原さんのことばっかり考えてたんだろ」
「お前まじめなくせにそっちはボケボケだなあ」
呆れるクラスメートたち。
「まじめだからこそだろ、小学校入る前からずーっと皐月ちゃんが好きなんだから」
幸政が溜息をつく。
「雨原さんはまあ、かわいいけど、光哉以外の男ぜんぜん相手にしないよな、『あれ、いたの』みたいな感じで」
「男子はバカとか言ってくる女子よりマシだけどな」
「…」
幸政が呆れたようにこちらを見てくる。そうだよ、僕がそういう風になるように、皐月を囲い込んだんだよ。
「4組の女子はひどいらしいぜ、今日の班決めも女子は男子を選ぶけど男子は女子を選べなかったって」
「うわーひでえな」
「…あの佐倉が女子のボスだぞ」
「あいつ顔がきれいだからって生意気だよな」
「そうそう」
「そんなこわい女に比べたら、雨原さんはやさしい」
「何もしてないのにバカとかきたないとか言ってこない」
「うちのこっわい姉ちゃんだってそこまでしねえぜ、はだかで走り回ってたらぶんなぐられたけど」
「それはなぐられるだろ…」
皐月は優しいと皆が知っている。皆いい奴だけど、皐月のことが好きな恋敵もこの中にはいるのかもしれない。でも今日は友達として過ごそう。友情を育むのが林間学校だって先生も言ってたからな。

部屋に戻って、消灯までは明日の予定の確認。
それから先生が見回りに来るまでは怖い話をした。

宿直をしていた侍が油断しきってたせいで突然現れた謎の巨大な板に潰されて死ぬ話は、結構みんな怖がってくれた。

□■□

いつの間にか眠っていたらしく、夜が明けた。皆がいる時に前世の夢でうなされなくてよかった。
鮭の塩焼きと味噌汁の朝ごはんを食べて、今日の準備をする。

今日はアスレチック。ロープ梯子に、タイヤの足場、ツネちゃんご期待の吊り橋のような仕掛けもある。
「ひい…」
「がんばれ!ツネちゃんにいいところ見せろ!」
「う、うん…」
安田くんを応援しつつ、皐月にも気を配る。
ゆっくり慎重に皐月は足場を渡っている。これなら大丈夫そうだな。

アスレチックの山場は『ジップライン』という、ワイヤーロープに吊り下がったタイヤに乗って高速で滑走するアトラクションだ。
僕は楽しむのもそこそこに、皐月がやってくるのを待った。
安田くんは真っ青で、保健係のツネちゃんに介抱されている。結果オーライかな?
「きゃー」
皐月の声がする。
「皐月!」
思わず手を伸ばしそうになってインストラクターに止められる。タイヤがクッションにボーンとぶつかって、皐月が後ろに跳ね返った。
「あ、終わった」
「大丈夫か、皐月」
すると皐月はタイヤをひょいと降りて、
「すっごく楽しかった!!」
と、目を輝かせて言うのだった。
「あ…楽しかったんだ」
怖かったって抱きつかれるのを期待してたのに…
でも、
「こういうのって楽しいのね!今度遊園地でジェットコースターに乗ってみようかな!?10さいから大人のつきそいなしで乗れるし!」
とはしゃぐ皐月は可愛い。
「…ぼく9さいだから、まだつきそいがいるんだけど」
「あ、そっか…じゃ、みーくんが10さいになったらいっしょに行こ!」
なんか流れで、一緒に遊園地に行けることになった。

「おい、あいつデートの約束とりつけてるぞ」
「今度いっしょにバーベキューするって約束してたから、2つ目ね?」
「すてき、さすが皐月ちゃんと光哉くん、お似合い!」
「…いつもこんな感じなの?」

友人たちの呆れた声が聞こえる。
「何、君たち二人付き合ってるの?ませてるね~」
インストラクターのお兄さんにまで冷やかされた。

すると、

「はい」

皐月は笑顔で堂々と、何も躊躇することなく肯定したんだ。

僕たち、付き合ってたんだ!?!?